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長崎経済研究所

地方中小企業の海外輸出における
マーケティング戦略と
支援策の利用・効果分析(後編)

元 長崎県立大学 地域創造学部 公共政策学科 准教授 立花 茂生

長崎県立大学 経営学部 国際経営学科 教授 岩重 聡美

 地方財政の悪化や人口減少が引き金となり、地域経済の低下を招いていることは既に周知の事実である。この地域経済の悪化を回復するためには、いくつかの方策が考えられるが、民間主導の地域活性化、地域産業の振興をさらに進めることは重要な視点であろう。地域産業の振興を図るためには、地域産業が輸出を拡大し、地域経済の好循環メカニズムを作ることも重要となる。そのためには、地域産業の体質を強化し、グローバルな競争にも立ち向かえるような企業や産業を育成する必要がある。そこで、本稿では、中小企業の海外展開における支援策の利用・効果分析について紹介する。

 単独で海外展開に乗り出すことが困難な中小企業は、企業自身のマーケティング戦略に加え、資金面や情報・ノウハウ等の面での様々な支援機関による支援施策は必要不可欠である。国においても、中小企業の海外展開支援が存在し、中小企業庁を中心とした支援施策が実施されている。このような国の掲げる大方針の下、独立行政法人日本貿易振興機構(以下「JETRO」という。)や中小企業基盤整備機構(以下「中小機構」という。)等によっても、支援施策が実施されている。

 企業の立地する地方自治体による支援施策も、近年は積極的に展開されてはいるものの、昨今の地方自治体の厳しい財政状況下では、財政面や人員面で国やJETRO、中小機構等と比べてどうしても劣る地方自治体が、どのような点で中小企業の海外展開支援に関して独自の存在意義を見出せるのであろうか。このような問題意識の下、地方自治体による中小企業の海外展開支援施策に関して、ユーザー側である企業へのアンケート及びヒアリング調査を通じ、それらの重要なポイントを導き出していきたい。その調査対象は、長崎県及び佐賀県の施策に絞り、分析は、各県による支援施策を中心に行うこととした。

中小企業の海外展開における行政・公的機関支援の整理

 先行研究としては小坂(2015) があげられ、地方自治体による中小企業の海外展開支援の方向性を考える上で、重要なポイントを3点挙げている。第一は、国やJETRO、中小機構等の公的支援機関との連携。第二は、地方自治体同士が連携して、地域の中小企業の海外展開支援に取り組むことも事業効果を高める1つの方策であること。そして第三のポイントは、地方自治体が民間企業と連携して地域の中小企業の海外展開支援に取り組むことが有効であることを明らかにしている。

 中小企業庁は『中小企業白書(2014年版)』のなかで、海外展開に関する分析を行っている。それによると、地方自治体では、「公的な融資制度の拡充」を求める割合が最も高くなっていることを明らかにしている。さらには「現状では、公的な支援機関が企業の要望に十分に対応しきれていないことが、利用者の満足度の低さにつながっている可能性がある」とし、より企業の要望に対応するため、3点にわたり提言を行っている。第一に、「公的な海外展開支援機関が連携し、互いの強みを生かした支援を行うこと」。第二に、「現地における一層の支援の取組が求められる」。そして第三に、「海外展開を支援する民間企業とも連携し、ますますニーズが高まる中小企業の海外展開をオールジャパンで支援していくことが必要となる」としている。

 これらの先行研究と比較した本研究の特色は、その対象を、長崎県及び佐賀県における具体的な施策に対する企業のニーズを分析している点である。先行研究が指摘するような重要なポイントを個別の自治体の施策に当てはめると、どのような示唆が得られるのかという点に触れていきたい。

アンケート結果の分析を通して3つの問題が浮き彫りに

 前号(中編)でも触れた「長崎県・佐賀県内企業の海外輸出マーケティング・行政等支援施策に関するアンケート調査」により得られた13社からのアンケート(注1)回答を分析することで、大きく3点の問題が浮き彫りになった。第一に、行政と企業との間の効果的な情報共有の重要性である。情報発信不足を指摘する意見が出ているのは至極残念である。今後は、行政やJETROといった支援機関とのチャンネルを持つ企業が支援施策を活用する一方、チャンネルを持たない企業が支援施策を全く活用していない状況を変えていく必要があろう。

 第二に、行政同士のいわゆる「縦割り」の解消である。自治体ごとに別々の類似した支援施策を実施しても非効率であり、各自治体が連携して一体となった支援を行うことが求められよう。また、「縦割り」の解消の必要性は自治体同士だけでなく、同じ自治体内の関係部署同士でも同じことが言える。

 第三に、行政と民間企業との「組織原理のすり合わせ」である。調査結果から、行政と民間企業の組織原理の違いとも言えるものが、如実に表れていると考える。この点、分担執筆者(立花)は行政職員出身の立場からも、また納税者に対する説明責任の観点からも、行政が支援の受け手である民間企業にできるだけ寄り添うべき、といった単純な議論に与することに否定的である。どうすればよいのか、具体的な答えを持ち合わせていないことを吐露した上で、組織原理の違いをすり合わせていく道を探ることの重要性のみ指摘しておきたい。

 まとめとして、単純な補助金額や補助率の増加といった施策は、税負担の増加というデメリットに比して大きなメリットは得られないのではないだろうか。地方自治体の厳しい財政状況が続く中、目指すべき方向性は、投入する予算の増加ではなく、先の3点にわたって指摘した取り組みを通じて、「せっかくあるものをもっと効果的に使ってもらう」ことではないかと考える。

 他の支援機関にはないその県ならではの支援施策の特徴は何なのだろうか。それは、公共団体であるがゆえに、特定の立場に偏ることなく純粋に公共の利益を追求でき、かつ国以上に地域の企業の実情に精通していることではないかと考える。このような立場を利用して、自ら支援施策を講ずるだけでなく、関係する支援機関の施策と企業とをつないでいく役割が求められることではなかろうか。

 この研究にはまだ多くの課題点がある。第一に、集計結果を定量的に分析するにはサンプルが不足しているという点である。このことから、結論はヒアリング調査を通じた定性的なものとならざるを得なかった。第二に、関連する支援施策を網羅的に分析した調査とはなっておらず、分析すべき支援施策をさらに広げる必要性がある。特に、海外で通用するような人材を県内で育成することの重要性を指摘する意見のように、狭義の企業支援施策にとどまらない、教育分野にもまたがる地方自治体の施策体系全体を俯瞰した検討が必要であることが明らかになった。第三に、これらの制約の延長線上ではあるが、結論が長崎県・佐賀県に対する具体的な政策提言までには至っていないということである。これらの課題点を補い、有効で具体的な政策提言につなげるべく、2021年度以降、数量的にも地域的にもより拡大した調査を行っていく必要があると考えている。分担執筆者(立花)は人事異動に伴い、この研究を離れることとなったが、今後この研究が深化し、地域のためになる成果が生まれることを願ってやまない。

(注1)行政等支援施策に関するアンケート調査部分の有効回答数は13社

【補足】
長崎県立大学学長プロジェクト(リーダー:経営学部大久保文博講師、メンバー:経営学部岩重聡美教授/副学長、元地域創造学部立花茂生准教授)の成果普及の一環として寄稿

【前号】地方中小企業の海外輸出におけるマーケティング戦略と支援策の利用・効果分析(前編)

    地方中小企業の海外輸出におけるマーケティング戦略と支援策の利用・効果分析(中編)

【参考】アンケート調査質問票

https://drive.google.com/file/d/1G9hblYbzAACgzTEQIvwwaWyUhuV7VE1J/view?usp=sharing

参考文献・資料
小坂拓也(2015)「地方自治体における中小企業の海外展開支援のあり方」『中小企業支援研究Vol.2』千葉商科大学48~57頁
「海外展開―成功と失敗の要因を探る―」『中小企業白書(2014年版)』295~368頁

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