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長崎経済研究所

地方中小企業の海外輸出における
マーケティング戦略と
支援策の利用・効果分析 (中編)

長崎県立大学 経営学部国際経営学科 専任講師 大久保 文博

海外展開における標準化戦略と現地化戦略の考え方

 海外輸出におけるマーケティング戦略を紐解く上で、標準化戦略(Standardization)と現地化戦略(Localization)の考え方を整理しておく必要があるだろう。標準化とは進出先国・地域の市場で、本国と同様のマーケティング手法を展開することを指す。他方、現地化とは進出先国・地域毎の市場に合わせて展開をするマーケティング手法となる。つまり、日本から他国・地域に進出する際、自国と同様に展開すれば標準化であり、現地市場に合わせるのが現地化となる。標準化と現地化の考え方は1960年代の多国籍企業の台頭により生まれ、その後、論争が繰り広げられてきた。中央大学商学部教授・三浦俊彦氏(**)は(1)生産財、耐久消費財、非耐久消費財の順で標準化しやすい点、(2)思考型製品(標準化>現地化)、感情型製品(標準化<現地化)の順で標準化しやすい点を指摘している。つまり、消費者の嗜好に左右されやすいか否かが大きなカギとなり、それらの細かなニーズを汲み取る為には現地化が重要になるケースも存在するのである。

 この標準化戦略は製品だけでなく、サービスにも当てはめて考えることができる。例えば、コンビニエンスストアが良い例であろう。直営店舗、フランチャイズ店舗(加盟店)の形態の違いはあれ、東京でも長崎でも原則的には同様のマーケティングを展開している。日本のコンビニエンスストアは消費者のニーズやウオンツを絶妙に汲み取り、世界の中でも独自の発展を遂げたビジネス形態である。加盟店によるフランチャイズ店舗を中心に、150㎡~200㎡程度の店舗内に2,500点程度の商品が販売されている。また、POS[Point of Sale(販売時点情報管理)]システムを導入した販売管理を行い、域内での集中出店により経営効率を高めるドミナント戦略を採用している。さらに共同配送が連動することで、効率的かつ効果的な経営を行えている。

 それではコンビニエンスストアの都市部と地方部でサービスの差はあるだろうか。原則的には都市部であれ、地方部であれ、敷地面積や立地等の関係で駐車場スペースやイートインスペースなどの要因を除けば大きな相違は生れないだろう。エリア毎のスーパーバイザーが、本部の考えるサービスクオリティの向上及び標準化に努めているためである。しかし、取扱商品に目を向けると、現地化戦略の要素が強く盛り込まれている。例えば、地域限定で販売をしている中食商品などの食品類がその例となる。セブンイレブンのホームページによると、「ちゃんぽんやきめしおむすび」は全国的には取り扱われてはおらず、長崎県と佐賀県のみの限定商品である。ちゃんぽん発祥の地である長崎県、隣接する佐賀県の消費者を対象にした現地化商品となっている。また国内同様、海外でも中食の現地化の対応で成功する事例が見受けられる。ベトナムに展開している日本型コンビニエンスストアは、定番化したベトナム風おでん、餡子の苦手なベトナム人向けにカスタードクリームで代替した中華まんなど、現地化商品を取り揃えることで、消費者から支持されている。こうした味覚商品に代表される嗜好品は、日本国内のうどんだし汁の鰹と濃口醤油をベースとした関東風、昆布と薄口醤油をベースとした関西風のように、気候、食材調達などから影響する食文化の違いもあり、その嗜好を汲み取ることで現地化が成り立つといえるだろう。

海外輸出の成功の鍵は現地化なのか

 ここまでは標準化と現地化の考え方を整理した。それでは、これらが中小企業の海外展開においてどこまで考慮されているのだろうか。こうした状況を把握するべく、ジェトロ長崎、ジェトロ佐賀の協力を得て、2020年10月~2021年2月に長崎県と佐賀県の県内企業に「長崎県・佐賀県内企業の海外輸出マーケティング・行政等支援施策に関するアンケート調査」を実施した。回答企業は全11社(食品6社、非食品5社)である。輸出比率、輸出先国・地域の割合などに加え、前述の三浦氏が著書で示した4P(製品、価格、流通、販売促進)ごとの標準化/現地化(在日外資系企業114社)での質問項目を参考に、海外向けの輸出マーケティング[4P戦略における標準化/現地化の程度]などについて、輸出での第1位から最大で第3位までの国・地域向けの実績[1]を確認している。
[1] 一部企業は1ヵ国あるいは2ヵ国の輸出実績のみでの回答)

 図1と図2は海外展開先における食品及び非食品分野での4Pごとの標準化と現地化のアンケート結果をグラフ化したものである。サンプル数が少ない為、1社毎の回答結果に影響を受けやすいが、この2つのグラフを比較すると食品分野に比べて非食品分野の方が現地化に寄っていることがわかる。とりわけブランド名、製品仕様、製品保証などの項目では、両グラフともに標準化に寄っているが、販売組織から再販価格維持の項目では非食品分野の現地化が顕著となっている。前述の通り、思考型製品、感情型製品の順で標準化しやすい。ここでいう思考型製品は非食品であり、感情型製品は嗜好で消費者の好みがわかれる食品となる。非食品が製品仕様などで標準化するのが一般的な理解になるが、むしろ食品分野においてはよりその傾向が強い。それではなぜこのような結果になったのであろうか。

 アンケート回答企業に対するヒアリング調査を行ったところ、ある陶器を取り扱う企業の担当者は、「海外のデザイナーと組んで、世界に通じるデザインの製品を手掛けている。実は日本国内が逆輸入。国内発信だと海外に一旦、目が行く。流行は海外から日本に入って来る。この流れを作ることで、日本にも根付くマーケットが確立できる」と逆転の発想で商品開発に取り組んでいる。ただし、製品のサイズは海外向けと日本向けで分けている。それぞれの市場に合うよう、小さいサイズと大きいサイズを揃えているのである。大きいサイズは海外向け、小さいサイズは日本向けに販売することで調整している。このような、日本の市場向けに生産した商品を海外に展開するのではなく、そもそもデザイン、設計、生産の段階から世界標準化に取り組む対応は地方において先進的な事例として挙げられるだろう。さらに、食品分野においても製品仕様などでやや現地化している事例も見受けられた。ティーバッグを海外向けに販売しており、味自体は日本国内向け同様で、内容量や包装などを変更している。同社の社長によると、日本の家庭にあるお茶用の1L冷水筒・ポットが海外にはなく、350~500ml用の持ち運びポットが人気であるため、それに合わせた内容量に変更している。また、包装を中国人好みの色選びをして、商品名も現地向けに合わせている。

 一般的には、海外売上高の比率が高い企業でない限り、現地化した戦略的商品を生産するのは難しいだろう。そもそも、大企業であれば十分な人員、予算、時間を確保して市場調査を行えるが、中小企業にとってそれは容易ではない。そのため、市場のニーズやウオンツを把握できず、どこをどのように現地化すれば良いか調整が難しいのが実態である。また、事前に市場調査を行い手応えがあったとしても、相当な発注量を見込めるならまだしも、売れるか売れないか手探りの状態で、生産ラインを変えるのは勇気のいる経営判断である。そのため、先ずは日本(自国)向けに展開している商品を海外に輸出できないかという流れになる。つまり、リスク軽減を踏まえ、無意識的に標準化戦略を採用せざるを得ず、進出先国・地域の市場の嗜好に合わせないことで、結果、商品が思うように売れず、海外展開はハードルが高いと断念する悪循環が生まれている。しかし、今回のアンケートにより、海外展開において、失敗を繰り返しながら工夫や改善を繰り返すことで、標準化及び現地化で的確な対応をしていることがわかった。図1~2での標準化と現地化の対応は、中小企業の有益な経験・ノウハウとして引き継がれることで、県内企業の海外展開に寄与することだろう。

(後編に続く)


 

【前号】地方中小企業の海外輸出におけるマーケティング戦略と支援策の利用・効果分析(前編)

【参考】アンケート調査質問票

https://drive.google.com/file/d/1G9hblYbzAACgzTEQIvwwaWyUhuV7VE1J/view?usp=sharing

【補足】
長崎県立大学学長プロジェクト(メンバー:経営学部岩重聡美教授/副学長、元地域創造学部立花茂生准教授)の成果普及の一環として寄稿

参考文献・資料
セブンイレブンホームページ(セブン‐イレブン・ジャパン)
大久保 文博(2021)「第11章勃興期を迎えたベトナムのコンビニ業界」佐藤寛+アジアコンビニ研究会『コンビニからアジアを覗く』日本評論社
(**)三浦俊彦 中央大学商学部教授。専攻:マーケティング戦略論、消費者行動論。博士(商学)
三浦俊彦・丸谷雄一郎・犬飼知徳(2017年)『グローバル・マーケティング戦略』有斐閣 2017:139-140。
三浦俊彦(2002年)「日本の消費者はタフな消費者か?—在日外資系企業の消費者認識とグローバル・マーケティング戦略」『マーケティングジャーナル』22(1):4-18。

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