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長崎経済研究所

地方中小企業の海外輸出における
マーケティング戦略と
支援策の利用・効果分析(前編)

長崎県立大学 経営学部国際経営学科 専任講師 大久保 文博

はじめに

 長崎県をはじめ日本は人口縮小の一途を辿り、今後さらに経済面で海外との結びつきが重要となる。他方、長崎県内を含む地方企業の多くは都市部の企業の海外展開に後れを取っており、それらに必要な成功・失敗のノウハウ、現地の市場情報が必要となるだろう。また、未だ海外展開の取り組みが進められていない企業の現状を踏まえると、効果的な海外展開支援策の在り方を導き出すことも有益な研究となるだろう。
 こうした背景を踏まえ、長崎県立大学では、輸出マーケティングや国際流通など本テーマに強みがある研究者が集い、包括的な連携推進に関する協定を締結する日本貿易振興機構(JETRO)などの協力を得て、県内企業の海外展開に寄与する調査・研究に取り組んできた。本稿は長崎経済研究所の『ながさき経済』を通して、複数回に分け調査・研究の成果について普及を行う。

売れる商品こそ国内外を問わずニーズやウオンツと紐づけ

 筆者が海外駐在先で、日本からの農林水産物・食品、消費財などの販路拡大を支援する際、醍醐味でもあり、悩みの種であったのが、そもそも日本向けに開発された商品の横展開の可能性を模索することであった。例えば、日本の子供向けに販売されていた知育玩具を含む知育商品は、アジア各国においても人気な商品として、商談会に参加する現地バイヤーから好評であった。アジア各国の国民所得の向上はもとより、親の子供に対する教育熱があるからこそ、その市場が生まれる。そこに注目をした日本の知育玩具メーカーの担当者は、積極的に売り込み、中小企業の海外展開に成功を収めた。

 一方、日本の商品であれば何でも人気、好評であるかといえば、当然そんなことはあり得ない。例えば、ある日本製のマイクロナノバブルシャワーヘッドとマイクロバブル発生器具がそれに当たる。商談会ではバイヤー達の関心を引くことなく商談数件で終えた商品である。マーケティングの観点で大切になるのは、国内や国外を問わず、消費者のニーズやウオンツが紐づいているかである。現地の市場において、マイクロナノバブルシャワーヘッドのニーズはあるだろう。しかし、既に類似商品は同国の市場で売られており、高価格帯になる日本の製品でなければいけない理由が必要になる。これは我々が日本において生活する中でも同様であろう。類似商品が溢れれば、そこに何等かの差別化が必要になる。それがもしかすると価格であるかもしれないし、他の商品にはない機能なのかもしれない。そのポイントは購買する側の使用目的や用途などに帰着する。

海外での販路拡大におけるマーケットリサーチの重要性

 改めて本稿を読んで頂ければ、読者の方々からも国内、国外を問わず消費者のニーズやウオンツの重要性に共感して頂けるだろう。しかし、海外展開の実態はそうなりづらい。日本の海外展開の担当者からすれば、現地で求められているニーズがわかりづらいのである。事前に情報収集が必要になるが、ネットワークや進め方のノウハウを有さないケースも散見される。その結果、事前に国内で十分な市場調査を行わないことによる情報不足により、「もしかすると売れるかもしれない」という希望的解釈が生まれてしまうのであろう。あるいはその逆もしかりである。「よく分からないから売れないかもしれない」という悲観的解釈も生まれてしまう。改めて考えればE-commerce(以下EC)がある現代において、現地の大手ECサイトで類似商品の存在や価格を確認すれば、容易に競合商品の有無を把握することができる。そして、類似商品が存在すれば、商品との差別化を図る必要があるだろう。

 ここで農林水産物・食品についても触れたい。驚くほど現地バイヤー達にとって意中の商品になったのは粉ミルクであった。これは読者の方々も記憶に新しいのではないだろうか。過去、中国からの観光客が、大量に粉ミルクを購入(爆買い)して帰国するという話があったことを思い出してもらいたい。こうした背景には、2008年、中国国内でのメラミン混入粉ミルク事件の存在が関係する。当時、アジア経済研究所の北京の海外調査員であった渡邉真理子氏のレポートによると、その状況を「粉ミルクに関しては、中国人自身の間でも、何が入っているかわからない、とずっとうわさになっており、香港などにミルクを買いに行く妊婦の様子などはニュースになっていた。またアイさんたちも日本人の母親たちにしばしば、『できる限り、日本製を使ったほうがいい(原則中国への乳製品の持込は禁止されている)』と忠告してくれていた。」と指摘している。

 5万人以上の子供達の健康被害を起こした同事件により、日本の安心、安全、高品質な粉ミルクは中国・香港向けに需要が広がり、2011年の東日本大震災までに右肩上がりの輸出となった(図1参照)。近年では2014年以降、ベトナム向けに日本産粉ミルクの売り上げが伸びている。筆者もホーチミンで担当した商談会では、バイヤー達の粉ミルクに対する購入金額・量がまさに中国人の爆買いを彷彿させるものであった。日本で売れている商品が、現地の消費者から求められ、輸出に繋がることが大切になるのである。

現地でニーズがあっても取り扱いづらい商品も存在

 前述では、日本の商品をそのまま横展開する形で、中国・香港、ベトナム向けに輸出で成功した事例を紹介した。この輝かしい成功事例は誰しもが知る有名な話だが、現地消費者のニーズがあり、バイヤーの関心が高くても、販売先国・地域の輸入、流通や販売の法規制、産業保護の観点から取り扱いのハードルが高い商品も存在する。その一例が機能性食品である。健康補助食品や栄養補助食品などがそれに該当する。日本で人気な機能性食品は、海外でも注目を浴びているケースがある。インターネットやECの普及により、我々が海外の商品に注目をしているのと同様、その逆のケースも多々存在するのである。
 機能性食品は海外に輸出及び販売する際、第三者機関での成分検査を踏まえ、現地当局の判断が必要となる。これら一連の流れは、当局の慎重な判断が必要となるため、一般的な加工食品よりも判断に時間を要する。
 以前、駐在先の保健省の幹部を日本に招聘して、機能性食品の加工工場に訪問した際、先方の社長から丁寧な商品説明と猛烈な売り込みがあった。具体的な商品の記載は避けるが、どうやら「がんに効く」ということらしい。保健省の幹部から「第三者機関の科学的な根拠はあるか」との質問があったが、「A大学B先生との共同研究、B先生のオススメ」との回答であった。当局の幹部達は愛想よく振舞っていたが、こっそり筆者に対して、「機能性食品の申請で、科学的な根拠もなく効果があると訴えるケースは多い。こうした対応には慣れている」と耳打ちをしてきた。機能性食品の全てがこのケースに該当しないのはもちろんであるが、当局側からするとこうした様々な商品と向き合っているため、機能性食品の認可には難易度が高くなるのである。輸出先国・地域で知名度が通っている大人気商品であったとしても、積極的に扱ってもらいづらい実態が存在する。
 なお、一部の輸出先国・地域側の産業保護の観点から、酒類の取り扱いも難航するケースも存在する。例えば、ジャパニーズ・ウイスキー、日本酒は世界でも高い評価を受け、海外での需要が年々高まっている。国税庁によると、2021年(通年)の日本産酒類の輸出金額は10年連続で過去最高を更新して、約1,147億円(前年比61.4%増)を記録した。中国、米国、香港など向けにウイスキーと清酒の輸出が拡大したことが記録更新の要因である。この世界的な需要拡大に対して、あまり輸出が伸びない国・地域もある。所得水準以外の要因として、煩雑かつ不明瞭な非関税障壁の存在が見え隠れする。こうした存在は、インターネット上で出所不明確な情報として扱われていることが多い。本来、現地のニーズやウオンツが販路拡大に繋がるわけだが、各国・地域の事情を踏まえ、商品によってケースバイケースであることも認識しておく必要があるだろう。

後編に続く。

【補足】
 長崎県立大学学長プロジェクト(メンバー:経営学部岩重聡美教授/副学長、元地域創造学部立花茂生准教授)の成果普及の一環として寄稿

参考文献・資料
渡邉 真理子「メラミン混入粉ミルク事件の背景――産業組織からみた分析」日本貿易振興機構アジア経済研究所
国税庁「最近の清酒の輸出動向について(2021年12月時点)」

【略歴】
福島県郡山市出身。
2008年日本貿易振興機構(JETRO)入構。
貿易投資相談センター、2011年~12年ハノイ貿易大学ベトナム語学科留学(ビジネスベトナム語コース修了)。
2012年~15年海外調査部アジア大洋州課での調査業務を経て、2015年~18年ホーチミン事務所Project Director、
2018年7月本部サービス産業部 Project Managerを経て
2019年4月から長崎県立大学経営学部国際経営学科専任講師。
専門は国際マーケティング、東南アジアビジネス。

長崎県立大学・大久保文博ゼミナール(東南アジアビジネス研究室)

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