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長崎経済研究所

夜の価値を創造する『ナイトタイムエコノミー』【前編】

はじめに

 近年、夜間の文化的価値や、夜が持つ様々な街の表情などにスポットを当てた『ナイトタイムエコノミー』に注目が集まっている。この言葉は日没から日の出までの経済活動、例えば、レストランやバーにおける飲食、コンサート鑑賞、夜景観賞などといったものにより、夜間の消費額を増やしていく、という意味で使われることが多い。

 この取組みに力を入れている都市の1つに、イギリスの首都・ロンドンが挙げられる。ロンドンでは、2016年8月から“24時間活動する都市”として、週末に「ナイトチューブ」と呼ばれる地下鉄の24時間運行が実施されるなど、ナイトタイムエコノミーに積極的に取り組んでいる。

 そして、ここ長崎県では、長崎市が2022年度にナイトタイムエコノミー専用の補助金を創設している。また、他県の事例では、千葉市が2019年度以降、毎年ナイトタイムエコノミーに関する事業への支援を継続していることが目を引く。

 本稿では、長崎市におけるナイトタイムエコノミーへの支援事例と、コロナ禍前からこれに取り組む千葉市の事例を紹介するとともに、経済的に語られることが多いナイトタイムエコノミーに本来の意義を重視して取り組んでいる専門家の声を踏まえて『ナイトタイムエコノミー』を考察する。

Ⅰ.ナイトタイムエコノミーについて

1. ナイトタイムエコノミーとは

 ナイトタイムの価値を創出していくために、文化・観光・まちづくりを横断する幅広い関係者が連携して設立した民間団体“一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会”の代表理事で、弁護士の齋藤貴弘氏は、「ナイトタイムエコノミーという言葉は、夜間の観光商品をどうやって増やすのか?という意味で使われることが多いが、実はそれだけではない」と語る。

 同氏によると、わが国のナイトタイムエコノミーは、①風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下、風営法と表記)の改正、②コロナ禍以前のナイトタイムエコノミーの推進、③コロナ禍におけるナイトタイムエコノミー、④コロナ禍後のナイトタイムエコノミーの再興、の4つのフェーズに整理できるとしている(図表1)。

【図表1】ナイトタイムエコノミーの経緯

資料提供:一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会

フェーズ① 風営法の改正

 2016年、夜12時以降に飲食店でライブミュージックを提供してはいけない、ダンスはいけないなどという風営法の規制に対し、ライブハウスやクラブなどが一斉に法改正運動に立ち上がり、さまざまな署名運動を行ったことで、同法が大きく改正された。この時に“夜の文化的価値”や、“夜がさまざまな文化の拠り所になっている”などの議論が大きく盛り上がったことが、ナイトタイムエコノミーが議論される最初のきっかけとなった。

フェーズ② ナイトタイムエコノミーの推進

 風営法改正の結果、文化的に豊かで、経済的に稼げる夜をどう作っていくのかという議論が始まったものの、ちょうどこの頃はインバウンド観光やオリンピック、IR誘致が盛り上がった時期であったため、ナイトタイムエコノミーについての議論は、“夜の観光消費額をどうやって上げていくのか”という文脈で切り取られるようになり、観光庁が夜間コンテンツの造成などを試みるようになった。このため、夜を観光にどう活用していくのか、どれだけたくさん夜を売っていけるのか、といった面が盛り上がることとなった。

フェーズ③ コロナ禍

 コロナ禍になると観光がストップするとともに、ナイトタイムエコノミーも終了したと言われるようになった。ところが、外出制限があったこの時期には、却って夜のさまざまな価値を再認識することができた。

フェーズ④ コロナ禍後(ナイトタイムエコノミーの再興)

 コロナ禍が明けた2023年から、さまざまな自治体でナイトタイムエコノミーをどのように推進していくのか、などといった、もう一度盛り上げていこうという議論が活発化してきている。

2. 観光商品としてのナイトタイムエコノミー

 近年の観光は、地域特有の場所を見つけて訪問することに価値を見出す傾向がある。その点でも夜間の観光行動に密接なかかわりをもつ『ナイトタイムエコノミー』のあり方が注目される。

 ナイトタイムエコノミーは、消費単価の高い滞在型観光につながるために、魅力ある夕方・夜間・早朝のプログラムを創出する必要があり、その推進は有益であると考えられているが、わが国には、夜間に文化・芸術を楽しめる場所、夜遅くまで遊ぶ場所などがまだ少ない。その上、店舗の閉店時間が早い、公共交通機関の最終便が早く、夜遅くまで楽しめない、など「日本はナイトタイムエコノミーが諸外国に比べて弱い」との声が観光関係者を中心に上がったことから、観光庁は2019年3月、ナイトタイムエコノミーの推進にあたり課題の整理と解決策などの指針をまとめた「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」を作成し、公表した。

※「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」

           ↓  

 この「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」には、官民連携による多面的な取組みにより、夜間を含めたまちの魅力を向上させる具体的方針が記されており、わが国の魅力を世界に向けて発信していくことを期待する内容となっている。ところが、その公表直後に新型コロナの流行が始まったことから、以降のナイトタイムエコノミーは自粛せざるを得なくなり、この指針を生かす機会は失われていた。

Ⅱ.長崎市におけるナイトタイムエコノミー事業の推進

1.ナイトタイムエコノミー推進事業費補助金

 長崎市は、2021年12月から翌2022年2月にかけて、上限400万円・補助率2分の1の「令和4年度長崎市ナイトタイムエコノミー推進事業費補助金」を募集した。それには市内の観光業界や交通業界などから計15件の応募があり、そのなかから3事業が採択された。この時の応募状況を受けて、急遽2回目の募集も実施しており、さらに3事業が追加採択されたことから、2022年度は計6事業の採択となった。

 そして、翌2023年度は、応募数4件のうち3件が採択されて、2年間で計9つの事業が採択されている(図表2)。

【図表 2】「長崎市ナイトタイムエコノミー推進事業費補助金」に採択された事業一覧

※長崎市の資料を基に当研究所にて作成(表はクリックすると拡大)

 長崎市は、2021年11月に常設展示場複合型MICE施設「出島メッセ長崎」がオープン、2022年9月には西九州新幹線が開業して市外からの訪問客が増加、外貨獲得の好機を迎えている。もっとも、市内における夜の観光メニューはまだ少ないため、この「長崎市ナイトタイムエコノミー推進事業費補助金」を呼び水に、長崎市ならではの夜のコンテンツを創出し、夜間の消費拡大を図ることで経済の活性化に寄与していくことを目指している。

2. ナイトタイムエコノミー採択事業例

  2023年度に採択された事業のうち、次の2件を採り上げる。

(1)株式会社ユニバーサルワーカーズ『ハイクラスナイトクルーズ・トリトン事業』

 本事業は、長崎市にて軍艦島上陸クルーズと、軍艦島デジタルミュージアムを運営している株式会社ユニバーサルワーカーズが行う、チャーターに特化した事業である。同補助金は、ホームページや広宣ビデオなど、その宣伝ツールの制作のために活用されている。

チャーター船用旅客船「Triton(トリトン)」リーフレット
(株式会社ユニバーサルワーカーズ提供)

 同社が運行している軍艦島上陸ツアーでは、波が高い外洋を航行するために、船内での飲食は難しい。一方、この事業では、比較的波が穏やかな長崎港内で専用客船を貸し切ることで、お酒やオードブルなどを楽しみながらサンセットを眺めるなど、リッチな船旅を味わうことができる。その利用は、インバウンドや国内富裕層の夜間観光消費に照準を合わせており、また、結婚式や成人祝い、ビジネスパーティー、同窓会などの“ハレの日”消費の高付加価値化により、新たな客層を取り込むことが想定されている。

※写真は全て株式会社ユニバーサルワーカーズ提供(それぞれクリックすると拡大)

Triton号 船上デッキ
Triton号外観(左側手前の船)
Triton号 船内

 また、同社の久遠龍史社長は「この事業は、長崎市を訪れる人々をどうやって夜の観光に取り込むことができるのか、を考えたものである。長崎市の観光では、何が美味しいのか、ちゃんぽん以外に何があるのか、それを食べるためにはどこに行けばよいのかなど、観光客の「食」に関する問いに適切に答えられていない、ということがもう何十年も前から言われている。そこで、長崎の「食」のブランド価値向上を促し、長崎の「食」を盛り上げることで地域経済が潤い、人口減少に歯止めをかけようと、市内の飲食業者を中心に、自身を含めた観光業や生産者など約50社が一体となり、“グルメシティ長崎協議会”を2023年5月に発足させた。この組織は、長崎の「食」のブランドを作り、夜の街にお金を落としてもらおうという民間団体である。夜の楽しみ方の1つはやはり「食」であり、その「食」を海の上で豪華に楽しんでもらおうというのがこの事業である。」と語る。

(2) 株式会社Clan(クラン)『変面×変梅 ~文化的な夜遊び~』

 『変面×変梅 ~文化的な夜遊び~』は、2023年11月11日の夜間、18時~21時に、芸人・ロバート秋山氏を招いて長崎市の観光地・グラバー園で開催されたイベントである。これは、中国の伝統芸能「変面」と、ロバート秋山氏の持ちネタ「変梅」(故・梅宮辰夫氏のお面を早変わりで変えていく芸)とのコラボイベントであり、今回で4回目の開催となった。

 初回は、2019年に長崎孔子廟中国歴代博物館(以降、孔子廟と表記)で開催された『合格祈願祭-栄光への祭典』で、2回目と3回目は『文化的な夜遊びin長崎孔子廟』と名を変えて、“歴史ある長崎孔子廟で、安心安全に文化的な夜遊びをしましょう”をコンセプトに開催されている。この3回のイベントを主催したのは、公益財団法人長崎孔子廟中国歴代博物館である。同法人は、このイベントを開催するにあたり、初回は全額負担、2回以降は長崎市のコロナ対策補助金(3/4補助)や、文化庁のコロナ禍を乗り越えるための支援事業「ARTS for the future!」(100%補助)を活用した。

 4回目の今回は、孔子廟の元副館長・小林奈々氏が社長を務め、5人の変面師が所属する株式会社Clanの主催となった。また、これには2022年にナイトタイムエコノミー補助金に採択された株式会社ゼンリンが共催として加わり、同社からの助言で、当補助金を活用するに至った。

イベント告知ポスター

※提供:株式会社Clan(ポスターはクリックすると拡大)

ナイトイベント「変面×変梅 ~文化的な夜遊び~」のようす(写真は全て株式会社Clan提供) 

(クリックすると拡大)
(クリックすると拡大)
(クリックすると拡大)

 小林社長は「単発のイベントを行っても、なかなか夜の経済効果には繋がりにくい。長崎のナイトタイムエコノミーには、打ち上げ花火的なイベントよりも、長崎だからこそできる、文化的なイベントが効果的なのではと考えている。グラバー園や孔子廟など、歴史的な場所で 行う伝統芸能というコンセプトで打ち出していった方が、インバウンドや国内の観光客に対して伝わるものがある。ランタンフェスティバルなどの歴史的な背景や土壌がここ長崎にあるからこそ、変面が長崎独自のナイトタイムコンテンツになる」と語っている。

3.長崎市の補助金について

 長崎市のナイトタイムエコノミー推進事業費補助金は、市内事業者が行うナイトタイム事業について、行政が補助を行い、それがうまくいった場合、翌年度以降も同事業の継続を期待するという、いわばナイトタイムエコノミー事業の実証実験を支援する意味合いが強い。2年目の補助金の上限額は、前年の半額となる200万円となったが、その理由を市の担当者は「補助金の予算枠は総額1,000万円。それを上限400万円にすると、2件分の事業しか採択できない。しかしながら、200万円にすることで5件採択できるようになり、加えて、前年度事業の実績が上限200万円で十分だったことも、採択件数を増やすことにつながった」と説明している。

Ⅲ.千葉市におけるナイトタイムエコノミー事業の推進

 千葉市は、2019(令和元)年度にナイトタイムエコノミーの推進による地域経済活性化及び夜間におけるにぎわいの創出を目的として、千葉市ナイトタイムエコノミー推進支援制度を創設し、民間が実施する提案事業への支援を開始した。それとともに、ナイトタイムエコノミーに関する施策や、支援制度対象事業の審査などについての諮問機関「千葉市ナイトタイムエコノミー推進審議会」を外部の有識者を招いて設置している。

1.取組み経緯

 千葉市は、夜間の経済活動による街の活性化、夜にお金が落ちる仕組みに着目し、夜の経済と文化活動の振興を掲げて夜の千葉市を満喫するイベント、ナイトタイムエコノミーの実証実験「宴(エン)タメ千葉2018」を2018(平成30)年度に行った。

 この宴タメ千葉2018では、千葉市中央公園を起点に、まちなかの飲食店や遊戯施設約50店舗が参加して、そこに50組のパフォーマーが登場。また、科学館や中央区役所などの施設を集約した複合施設「Qiball(きぼーる)ではeスポーツ大会を開催。千葉市美術館ではサイレントディスコを、千葉都市モノレールでは、車内でお笑い芸人のライブを見ることができる「天空笑(SHOW)byよしもと」など、多彩な特別プログラムを実施することで、多くの人々に千葉市の夜の都市空間を満喫してもらった。

宴タメ千葉2018ポスター(出所:ちばとび!タウンHP)

2. コロナ禍を経て、現在まで続くナイトタイムエコノミーへの支援

 2019年度から始まった千葉市のナイトタイムエコノミー推進事業補助金の予算枠は総額1,500万円で、上限1,000万円(2024年度は500万円)、その補助率は2分の1である。事業を開始して間もなくコロナ禍となったが、夜間ではない昼間のイベントや、オンライン配信で行う事業などでも、それが夜間の経済活動に結びつくものであればOKとして、2020~22年度も年度毎に4、5件の事業を採択し継続してきた。そして、コロナ禍が明けた2023年度には、これまで実績のあった事業者に加えて、対面のナイトタイムエコノミーの事業で応募しようという新たな事業者も現れてきている(図表3)。千葉市も本事業が市内の事業者の間にかなり浸透してきたとの手応えを感じており、6年目となる今年度(2024年度)も絶賛募集中である。

 千葉市の当事業における最終目標は、千葉市のナイトコンテンツとして自走できる事業を定着させていくことにある。同じ事業内容で、2年目も継続して行うものについては、一過性ではない継続性のある事業として、補助上限を半分の500万円で申請可能としている(2024年度は300万円)。しかしながら、3年目からは金銭的な支援がないために、事業者は最大2年間で事業の収益獲得方法を確立する必要に迫られる。

【図表 3】千葉市ナイトタイムエコノミー推進支援事業一覧

※千葉市の資料を基に当研究所にて作成(表はクリックすると拡大)

当事業については、千葉市の特設HPにてその内容が紹介されている。

※千葉市のナイトタイムエコノミー推進支援事業のHP

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 千葉市は、採択した事業の実施後に実績報告を求めており、その実施内容や来場者数のほか、収入実績、周辺への経済波及効果などを確認している。市の担当者は、行政が民間のナイトタイムエコノミーの事業に補助する意味について「ナイトタイムの事業にチャレンジしてみたいという事業者を後押しし、その事業が定着することで、夜間のにぎわい創出や地域経済の活性化につなげていきたい」と語る。

 ■【後 編】につづく

(2024. 5.22 杉本 士郎)

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