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長崎経済研究所

地域まるごとホテル『アルベルゴ・ディフーゾ』の取組み 【後編】

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Ⅲ.ADに取り組む平戸市

 長崎県の自治体で初めてADに取り組む平戸市は、2018年に平戸城を地域創生のシンボル的存在と位置づけて、本丸、石垣、見奏櫓(けんそうやぐら)などの大規模改修に取り掛かかり、懐柔櫓(かいじゅうやぐら)を宿泊施設化して、2021年4月、日本初となる常設の城泊事業「平戸城 懐柔櫓CASTLE STAY」を開業した。結果的に、このことが平戸市がADに取り組むきっかけとなった。

1.ADに取り組み始めた経緯

 平戸市は2019年、城泊の開業にあたり「平戸城懐柔櫓宿泊施設化改修・運営事業」の事業者を公募した。そして、Kessha株式会社と株式会社アトリエ・天工人(てくと)、日本航空株式会社(以下、JAL)の3社による「平戸城『城泊』JV」を選定した。

 翌2020年、平戸市は、農林水産省から農泊推進事業に活用可能な農山漁村振興交付金に採択されたことを機に、「平戸市滞在観光推進協議会」を設立し、城泊の次の展開やインバウンドの受け入れなどについての勉強会を行ったが、これにはJALなどとともに、国内における農山漁村地域の活性化を目指す団体「一般社団法人日本ファームステイ協会(以下、JPCSA)」も参加していた。

 このJPCSAと岡山県にある一般社団法人アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパンの理事をKessha株式会社の代表が兼務していたこと、さらに、JPCSAの特別顧問がジャンカルロ・ダッラーラ教授だったことから、ADの極東支部が日本にできるかもしれない(2022年7月に一般社団法人アルベルゴ・ディフーゾインターナショナル極東支部が設立)など、ADに関する情報提供があり、平戸でADの研修を行ってみるのも一考なのでは、などの話も出ていた。

 そうしたなか、イタリアAD協会のダッラーラ会長が2022年に来日、国内のAD候補地を巡回して、5月に平戸市を訪問した。そこで、同協会から「日本でADを広げるために、平戸市が旗頭となってやってもらえないか」という打診があった。これを受けて、平戸市も一般社団法人平戸観光協会が2021年3月にDMO登録されて観光庁が目指す観光地域作りに取り組んでいるなか、ADの目的が同じまちづくりに通じるものであることから、2022年12月にADTのスタートアップ認証を受けることとなった。

2.ADT指定地域の選定

 次に、市内のどの地域をADTとして推進していくのか、ということがポイントになる。外部からみると、平戸市で ADTとして想定される場所は、古い城下町の面影を残す平戸の町並みのなかでも、明治~昭和初期の町並みが残り、オランダ商館に接している「崎方町」や、矢掛町と同じ重伝建に指定されている離島の的山大島「神浦地区」などを思い浮かべるが、その点について平戸市に尋ねてみると、23年7月現在、どのエリアをADTとして取り組んで いくのかはまだ決まっていないとのことであった。

重伝建、的山大島・神浦地区のまちなみ

 ただ、崎方町は旧城下町地区として、市と地区内有志が2005~19年度にかけて、現存する古い町屋を参考にするなどして、家屋を改装する国土交通省の「街並み環境整備事業」により、約170数戸が整備済みなど、家屋の外観に統一感を持たせており、市も県道のカラー舗装や電線の地中化などに取り組んできている地区である。近年、目立ち始めた空き家や、電線地中化の景観など、せっかく整備したものを生かすためにも、ADTの推進は有効なように思われる。   

 崎方町のまちなみ(写真提供:平戸市)

3.ADTの推進について

 平戸市は当初、2023年度はADTのスタートアップ予算を確保して、一般社団法人アルベルゴ・ディフーゾインターナショナル極東支部と伴走する事業者を企画プロポーザルで募集、事業者を選定して、マーケティング調査を行う予定であった。しかしながら、これを一旦保留にして、まずは、2021年に実施した市内全域空き家調査結果をベースに、観光庁の交付金を生かして、空き家と古民家の調査を地域を限定せず詳細に行い、24年度にその改修などに取り掛かるとしている。

 この調査結果を基に、平戸市全体の空き家・古民家の分布図を作製、そこからまだ使用可能な物件を選定して、活用方法を検討した後、事業者にはその活用計画書をもとに空き家・古民家を改修してもらう。その後、ADTの指定地域を考えていく。

4.宿泊施設の有無

 平戸市と矢掛町の大きな違いに、もともと宿泊施設があった地域なのか否か、ということがある。矢掛町の宿泊施設「矢掛屋INN&SUITES」は、町が建物を整備して、町外の経営者が運営している形をとっている。ところが、平戸市には既にさまざまなタイプの宿泊施設があることから、“宿泊”に関するノウハウと経験は豊富である。そこで、市としては、ADTの推進は民間でしっかり行ってもらい、市はその支援を行うことがベストであると考えている。

 ADTのような新たな取組みを推進するとなると、既存の宿泊施設経営者のなかから「自分たちの仕事を圧迫することになるのではないのか」という懸念の声が出てくることも予想される。この点について平戸市では、ホテルや旅館組合などに対し「顧客の取り合いになるという考え方ではなく、新しいもの(ADT)で平戸に付加価値をつけて、もっと魅力を引き上げることにより地域の価値を高める。そうすることが新たな集客に結びついていく。このADTという新たな枠で、各宿泊施設がどんどん勝負してもらって構わない」など、ADTの理念を含めて丁寧な説明を行っている。

5.他地域との差別化を図る

 平戸市は、ADTの認定を長崎県観光の雄「ハウステンボス」をはじめ、「波佐見町」や「東彼杵町」など、近年人気が上昇しているところのなかから、平戸を選んでもらうきっかけになると考えている。その認定地が国内でまだ少なく、長崎県・九州では唯一のADT認定地『アルベルゴ・ディフーゾタウン 平戸』は、観光客の平戸市への訪問意欲を高める効果が期待できる。

平戸城より崎方町方面を望む(写真提供:平戸市)

Ⅳ.ADの推進

1.新たな観光の形“AD”

 ADを成功させるためには、運営する人の情熱やスキルに加え、該当地域におもてなしのスキルを身につけた、地元を心から愛する人々がいることが重要となる。また、ADを推進するからといって、単にまちなかに宿を分散して設置していくなど、箱物の充実だけでは新たな経済を生み出すことができない。ADにおける宿泊施設は、一般のホテルとは異なり、観光客に対してその特徴を明確に示すことも効果的である。古民家など宿泊施設となる建物の特徴やその地域特性など、これらが独創的なものであればあるほど、観光客が訪れるようになる。

 ADでは、宿泊施設が分散型の経営スタイルとなることをはじめ、古い建物の改修やそれら複数物件の管理など、多額の資金を必要とする場合もあり、その結果、その初期投資とランニングコストから、従来の宿泊施設比コスト高となることも考えられる。しかしながら、ADの推進は、都市型観光とは異なる地方の観光、さらにはSDGsにつながる持続可能な観光などへの注目を集めることとなり、旅行代理店や観光団体、自治体などからの関心の高まりが期待できる。

2.キーポイントは地元の住民

 わが国におけるADの推進では、運営事業者などと地域住民との間にまだ認識の違いがあるように思われる。ADに認定されて5年目となる矢掛町の人々に対して“ADの町・やかげ”の地元への浸透具合について尋ねてみると「観光関係者や自治体関係者などと住民との間には、ADの理解についてかなり温度差がある。極端に言えば99%の住民が未だにADって何?という感じをもっているのでは」と語っている。国内AD先進地域の住民でも、ADについてあまり意識することは無いようであった。

 ADそのものは、自治体や宿泊施設により推進されるが、前述した通り「地域におもてなしのスキルを身につけた、地元を心から愛する人々がいることが重要」がAD成功のポイントとなる。ADの宿泊施設は分散型のため、観光客はチェックインのレセプションがあるメイン施設から、宿泊施設への移動、夕食時には商店街などへ飲食店への移動が発生。その後も入浴施設への移動や、翌朝は指定された朝食用サロンがある施設への移動など、チェックアウトまでに3、4回は周辺を歩きまわることとなり、住民と触れあう機会が生じる。これが従来の縦型ホテルでは、観光客は翌日のチェックアウトまでその“箱”の中から出ないため、観光客と住民とが触れ合う機会はほぼ見込めない。このことからも、ADの成功には、関係者に加えて、訪問客を歓迎する地域住民のおもてなしの気持ちが鍵を握る。

3.AD認定の効果

 2018年の矢掛町への認定をはじめ、昨年12月の国内4地域へのスタートアップ認証から、このAD=“アルベルゴ・ディフーゾ”という不思議なイタリア語の響きが、徐々に日本国内にも認知され始めたようである。この珍しいイタリア語のフレーズを初めて目や耳にする人は、まずこの言葉は何を意味するのか?と思うこと間違いなく、その認定を受けた地域とはどのようなところだろうとなり、旅行を喚起する効果は十分期待できるだろう。

おわりに

 ADの発案者でイタリアAD協会の会長、ジャンカルロ・ダッラーラ教授は、「空き家が10軒あるところならば、ADを始められる」と語っている。ADは宿泊事業であるために、その収益性・ビジネス面が重視されるが、地域振興の面を持ち合わせており、観光客と地域とのつながりを重視している。ADへ取り組み始めた地域は、外部の人が移住してきて観光客目当てのお洒落な店を出店する、あるいは地元の住民も新規出店や、観光客向けに既存店舗を改装するなどと、地域全体が活性化していく。

 その一方、国内初のADのまち、矢掛町はAD認定にそれほどこだわっていないようにも見受けられた。というのも、矢掛町では、これまで見てきたような行政による空き家・古民家の改修、まちの景観の維持と分散型宿泊施設の整備、さらに、住民によるさまざまなまちづくりの取組みなどと、既に自分たちで“AD”そのものに取り組んできた町であり、極論を言えばADに認定されていなくても、現在行われている取組みは今後も継続されるからである。

 AD=『アルベルゴ・ディフーゾ』という新たな観光のスタートに立った、平戸市を含めた4地域の今後の動きに注目していきたい。

(2023.8.01 杉本 士郎)

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