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長崎経済研究所

まちの魅力を可視化する『メタ観光』 【前編】

はじめに

 3年前から続いているコロナ禍は、人々の移動の有無が直接影響する観光業へ大きなダメージを与えている。このすそ野が広い産業へのダメージは、他の産業にも広がることから、国も旅行支援を行うなど、その下支えを強力に推進している。

 このような状況のなか、日本政府観光局(JNTO)のデジタル戦略アドバイザーなどを務めている牧野友衛氏は、2021年1月に有志とともに一般社団法人メタ観光推進機構(以降、法人格は省略)を設立して、自身が2016年から提唱していた観光概念『メタ観光』を普及させるべく活動を開始した。この新たな観光概念は、2022年9月に開催された長崎居留地まつりでのトークセッションのなかで披露される予定であったが、台風接近のため同イベントが縮小開催となり、その機会は失われてしまった。

 本稿では、このまだあまり聞きなれない言葉『メタ観光』の概要とその効果などについて、2021年秋に東京都墨田区にて行われたイベントなどを事例に検証した。

Ⅰ.メタ観光とは

 近年の観光では、スマートフォンの普及により、誰もがガイドブックに掲載されていない、自分にとって価値がある場所を簡単に見つけて訪問することを可能にした。また、「Pokémon GO」などの位置情報ゲームアプリの登場により、リアルな世界ではなくバーチャル情報を目的とした訪問も生じている。このような個人にとって意味のある場所、例えばアニメの聖地や写真映えするスポットへの訪問などが、既に観光の1つの形となっている。

 このような観光の新たな動きに対応すべく、地図の位置情報にその場所が本来有している歴史や文化などの情報に加えて、ドラマのロケ地など他の複数の情報を多層的(メタレベル)に付与することで当該地を“見える化”し、その場所の価値や魅力を高めて、人々の訪問を促す観光のかたちが『メタ観光』である。

メタ観光概念図 (提供:一般社団法人メタ観光推進機構) 
※図はクリックすると拡大

 これまでの観光ツアーは、史跡めぐりや景勝地めぐりなどといった1つ、2つのジャンルで行われることが多く、複数のジャンルを組み合わせることは少ない。また、観光ガイドによる案内も縦割り型であり、1つのテーマで回る専門分野のガイドとなるのが一般的である。

 メタ観光は、1つのテーマにとらわれずに、地域を広く多様に見て回り、複数の視点で紹介することにより、普段の風景などにも価値があることを可視化する、という新たな観光の形であり、その目指すところは次の5つ。

全国商工会連合会 月刊「商工会」2022年3月号より、当研究所にて作成

Ⅱ.メタ観光マップ

 メタ観光のツールは、スマートフォンなどの地図に複数の情報を落とし込んで、多彩な情報を表示するオンライン地図「メタ観光マップ」である。この地図は、次項で採り上げる「すみだメタ観光祭」にて作成された東京都墨田区のものが日本初である。これには、OpenStreetMapという、誰もが自由に使える地図データを使ってカスタマイズした地図『uMap』が使用されている。この『uMap』は無料かつ永久に使用できる反面、使い勝手の面では少々制限があるものの、例えば自治体などが独自にメタ観光マップを作る際のコストはかからない。

 このメタ観光マップには、次のような特徴がある。

1. 個人で異なる観光の“価値”

 今や、観光は旅行者が決める時代となった。その一例として、関心がない人にとっては何でもない電線や暗渠への観光がある。それらの愛好家は、電線や暗渠に価値や意味を見出して、全国、あるいは世界を回る。現在、アニメや映画・ドラマのロケ地巡り、聖地巡礼などのマップはあるものの、電線や暗渠についてのそれはない。このような様々な価値や情報を1つにまとめたものがメタ観光マップである。個人の多様な価値がわかることにより、地域のなかに価値のない場所が少なくなり、地域の何処もが面白い場所となり得る。

 観光の最中には、アニメの聖地が実はそれ以外の意味も有する場所だったことに後日気づくことがある。例えば、〝行った場所が実は○○のロケ地であった〟という事態がしばしば発生したりする。メタ観光マップでは、1カ所に複数の情報を掲載しているため、さまざまなジャンルのファンを惹き付けることができるなど、多種多様な価値観をもつ人たちにその場所への興味をもってもらうことができる。

2.異なるひとの価値を“見える化”

 メタ観光マップは、通常の地図とは異なり人の“価値”の情報を集約したものである。その人にとって意味があるのかないのかという“価値” は人それぞれであり、1つの場所に複数の価値が存在することも多い。

 その分かり易い事例に、東京・神田の甘味処「竹むら」が挙げられる。竹むらは、自家製餡を用いた「あわぜんざい」や「揚げまんじゅう」が有名な店で、その趣のある外観は東京都選定歴史的建造物にも指定されている老舗である。実は、同店は特撮ドラマ「仮面ライダーシリーズ」のロケ地であり、アニメ「ラブライブ」に登場する人物の実家のモデルであり、池波正太郎のエッセイにも登場する店でもある。これら複数の情報は、人の異なる視点によるものであり、目には見えず、地図にも掲載されていない。同店には、①趣のある外観を見たい、②有名な甘いものを食べたい、③仮面ライダー響鬼の「たちばな」に行きたい、④ラブライブの「和菓子屋穂むら」に行きたい、⑤池波正太郎のエッセイ「散歩のとき何か食べたくなって」に出てくる店に行って食べたい、など訪れる人により多様な価値が存在している。特撮を好きな人が必ずしもアニメ好きというわけではない、言い換えれば、アニメに興味がない人は、竹むらにアニメ好きが訪れている、という事実を知らないのである。これらの多様な情報を可視化することにより、この場所がアニメファンにとっても、また池波正太郎のファンにとっても意味がある店であると、同じところで複数の情報に触れることができる。多様な価値を知ることにより、さらにその場所を楽しむことができるのである。

 メタ観光マップは、1つの場所にある様々な価値を目に見えるようにする、すなわち人がそこに認めているさまざまな価値を誰もがわかるように可視化している。

甘味処「竹むら」(写真:一般社団法人千代田区観光協会HP)

3 “情報”を楽しむ観光

 地域の見えない価値(アニメの聖地、インスタ映えする風景・地形など)を、オンラインの地図・メタ観光マップに落とし込んで可視化することにより、元々その地に存在していた文化価値の再発見とともに、これまで観光というカテゴリーでは捉えられていなかったジャンルを観光の観点から見直すことができるようになる。通常は観光スポットとして認知されていないところが、魅力的な場所として十分楽しめるようになる。

Ⅲ.すみだメタ観光祭

 メタ観光初のイベントとして、2021年9~12月に東京都墨田区で行われたのが「すみだメタ観光祭」である。このイベントでは、住民が日頃気にも留めないまちの風景が、実は見る人によっては非常に意味のある風景であることを住民自身に気付いてもらおう、自分たちが住んでいるまちをもっと好きになってもらおう、ということをコンセプトの1つに掲げた。そこで、墨田区に人を呼び込むだけでなく、区民自身にも参加してもらった。

 当イベントは、文化庁の「ウィズコロナに対応した文化資源の高付加価値化促進事業」としてメタ観光推進機構と墨田区との共催で開催された。墨田区には本来、多くの面白い場所があるものの認知されておらず、観光客はスカイツリー一極集中状態となっている。区としても、観光と地域づくりは同じという考えから、観光客にはスカイツリーだけでなく、住民の暮らしや店舗など、墨田区のまちそのものを楽しんでもらいたいという思いがあった。

 このイベントの終了後、メタ観光推進機構が行った参加者へのアンケート結果では、イベントに「満足した」との回答が90%、「墨田区の魅力に気付いた」が同88%など、参加者の満足度が非常に高く、かつ『メタ観光マップ』が〝使える観光マップ〟であることもわかり、墨田区の魅力と価値を上げることに成功した。

一般社団法人メタ観光推進機構からの提供資料を基に、当研究所にて作成
※図はクリックすると拡大

1.“すみだメタ観光マップ”の作成

 すみだメタ観光祭では、メタ観光マップの墨田区版「すみだメタ観光マップ」を作成した。このマップには、1,700以上のタグ(地域の情報)が掲載されており、それらは①「食事」、②「買い物」、③「文化・アート」、④「まちあるき」、⑤「ロケ地」、⑥「歴史」、⑦「ビュースポット」、⑧「ネットで話題」の8つのカテゴリーに分類されている。

※地図はクリックすると『すみだメタ観光マップ』へ

2.墨田区のさまざまな情報を“見える化”

 墨田区には暗渠が多い。そのため、暗渠ファンにとっての墨田区のイメージは、相撲でも忠臣蔵でもスカイツリーでもなく“暗渠の聖地”である。また、北部を中心にドンツキ(ドンと突き当たる場所、袋小路)、つまり“行き止まり”が1,800箇所以上あることから、これに魅力を感じる人にとって墨田区は“ドンツキの聖地”であると言える。さらに、古いまちなみと新しいまちなみが混在している区内には、まるで血管のように電線が張り巡らされており、それらが時間帯や天候などによって、さまざまな表情(風景)を醸し出すことから、そのマニアにとっては“電線の聖地”ともなっている。すみだメタ観光祭では、これらの“価値”について、それぞれの専門家に語ってもらうワークショップを開催し、その参加者でまちあるきを行ったところ、皆がまちの景色が違って見えると回答した。

 ところが、このような情報を区民は知らない。暗渠やドンツキをファンだけが楽しむのではなく、そこに住んでいる人々が「実はこの道は暗渠だった」など、これまで何とも思っていなかった自分たちのまちの新たな発見に驚くことが、メタ観光では起きる。

すみだメタ観光祭ロゴマーク(提供:一般社団法人メタ観光推進機構)
※図はクリックすると拡大

3.新たな観光素材を創造

 メタ観光で示される多様な価値やものの見方のうち、通常の観光とは異なる視点で地域を見る事例の1つとして“見立て”というジャンルがある。見立てとは、住民とそれ以外の人とが地域を見て回り、「この風景はこんな風にも見える」などと、人の目で見た地域の魅力をピックアップしたものである。見立てとして選出した風景をメタ観光マップに掲載することで、その場所に対する住民の想いが表示され、観光客は住民の生活感を実感することができる。

4.メタ観光マップの検証

 すみだメタ観光祭では、一般の観光ガイドがメタ観光マップをツアーに利用できるのかを確認するため、「メタ観光街歩きツアーin鐘ヶ淵&東向島」というモニターツアーを2021年11月21日に開催した。同ツアーを担当した観光ガイドによると「今回のような案内は行ったことがないが、マップに掲載されている情報量が多いため、初めて紹介するところでもスムーズに説明できた」とのことであった。

メタ観光まちあるきモニターツアーのようす
写真提供(2枚とも):一般社団法人メタ観光推進機構

5.すみだメタ観光祭で判明したこと

 すみだメタ観光祭を開催して確認できたことが、メタ観光マップの有効性である。参加した墨田区民は、案外自分たちの地元に詳しくないことがわかった。このことは、メタ観光マップが観光客だけではなく、住民も使える地図となることを示唆している。例えば、墨田区に引っ越してきた人にとっては、自分たちがこれから住むまちの成り立ちや地勢を把握できる地図となり、さらに、まちづくりや児童・生徒の地域学習にも活用できる地図ともなり得る。

 メタ観光推進機構には、暗渠やドンツキが多い墨田区だからこそ充実したメタ観光マップができるのでは?との質問もあるそうだが、同機構の牧野代表理事は「電線なんて何処でもある。さまざまな切り口により、どのまちも面白くなる。何が面白いかなんてわからないからこそ、メタ観光マップにはさまざまな視点を集めるべきである」と答えている。

■以上、【前編】終了。

 【後編】は、この『メタ観光』の推進状況と、その可能性について報告する。

(2023.2.20 杉本 士郎)

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