はじめに
海洋県長崎にとって、漁業は重要な産業であり、その拠点である漁村は漁業者の生活の基盤といえる。しかし、わが国の漁村地域は、全国平均を上回る速さで人口減少や高齢化が進み、活力の低下が懸念されている。ただ、その一方で、水産物直売所やブルーツーリズムなどを通して漁村と都市の人々との交流は活発である。そこで、漁村地域では、地域資源である海を生かした「海業(うみぎょう)」により賑わいを創出しようという取組みが進んでいる。
1.漁村の特性と人口減少および高齢化
(1)漁村の特性
漁村は、自然災害の影響を受けやすい、平地が少なく狭あい、都市部とのアクセスが悪いという地理的な特性を持ち、漁業以外の産業の立地が難しい場所である(※)。しかし、漁村は、漁業の拠点であり、漁業就業者にとっては生活の場である。豊かな自然と伝統文化が根づいており、住民の交流密度が高いという特徴も持っている。加えて、1)自然環境を保全する機能、2)国民の生命・財産を保全する機能、3)交流の場を提供する機能、4)地域社会を形成し維持する機能など多面的な機能も有しており、その恩恵は、漁業者や漁村の住民にとどまらず、広く国民一般にも及んでいる。
※ 漁港背後集落(漁港の背後に位置する人口5千人以下かつ漁家2戸以上の集落)の8割が離島地域・半島地域・過疎地域のいずれかに指定されている(「令和6年度水産白書」、水産庁)。
(2)漁業就業者および漁村人口の減少と高齢化
水産資源の減少や魚価の低迷により漁業経営が難しさを増すなか、漁業就業者数が減少するとともに漁村の人口も減っている。
2023年の漁業センサスによると、2023年11月1日現在における長崎県の海面漁業の漁業就業者は9,208人で、前回調査(2018年)の11,762人から2,554人(21.7%)減少。前々回(2013年)の17,466人からするとほぼ半減している。
全国の漁村の人口も2014年から2024年の間に20万人減少し、その高齢化率は41.6%と、国全体の高齢化率29.3%を大幅に上回っている(図表1)。

2.海業による漁村の活性化
(1)海業とは
海業とは、「海や漁村の地域資源の価値や魅力を活用する事業であって、国内外からの多様なニーズに応えることにより、地域のにぎわいや所得と雇用を生み出すことが期待されるもの」(水産庁)とされている。
これは、海を単に魚を獲る拠点としてではなく、人が楽しむ場所、交流する場所として捉える考え方であり、たとえば、水産物の物販・飲食施設、遊漁(釣り)体験などのマリンレジャー、漁業体験、海辺の宿泊施設や民泊など、既に各地で行われている取組みでもある。
海業という言葉が使われるようになったのは、1980年代の神奈川県三浦市・三崎港であった。日本有数のマグロ水揚げ地であった三崎港だが、漁業環境の変化により漁業だけに頼るのではなく漁港や漁村を活用することを「海業」として打ち出したのである。
(2)海業の現状 ~漁村の交流人口および交流施設の設置状況~
「令和6年度水産白書」(水産庁)によると、漁村の交流人口は2017年度の19,854人からほぼ毎年増加し2023年度には23,710人となった。同様に、水産物直売所等の交流施設も2017年度の1,371箇所から2023年度には1,474箇所に増えている(図表2)。
また、「2023年漁業センサス」(農林水産省)をみると、漁業者・漁協により海業関連の取組みが行われていることがわかる(図表3)。


(3)行政の施策
①国の施策
国(水産庁)は、水産基本計画(2022年)において、「地域資源と既存の漁港施設を最大限に活用した海業等」の振興と、それにあたって「民間事業者の資金や創意工夫」を生かして「長期安定的な事業運営を可能とするため、漁港施設・用地及び水域の利活用に関する新たな仕組みの検討」を進めることを謳っている。
そして、漁港漁場整備長期計画(2022年)において、「漁港と地域資源を最大限に活かした」海業の振興を図ること、「漁港における海業等の関連産業を集積させていくための仕組みづくり」を進めることを記載している。
具体的な施策として「漁港施設等活用事業制度」を創設した。これは、海面や漁港施設に関する規制等について、漁業上の利用に配慮しつつ、漁港施設、漁港区域内の水域、公共空地を活用して水産物の消費増進や交流促進を図ろうというものである。そこでは、長期安定的な事業環境の確保のため、①漁港施設(行政財産)の貸付け(最大30年)、②漁港区域内の水域・公共空地の長期占用(最大30年)、③漁港水面施設運営権(みなし物権)の取得(最大10年、更新可)といった特別措置を設けた。
これらのことによって、海業が、はっきりと施策のなかに位置づけられることとなった。それを受けて、各地の漁港では、漁港管理者(都道府県、市町村等)が中心となり、「漁港施設等活用事業の推進に関する計画」の策定に向けた取組みが進められている。
②県の施策
国の施策を受けて、長崎県の「長崎県水産業振興基本計画2026→2030」においても、海業に関する施策が謳われている。まず、同計画の基本理念を「力強く稼ぎ持続的に成長する水産業と漁村の賑わいづくり」と定め、基本目標のひとつに「海とさかなの魅力を活用した浜の賑わいづくり」を掲げている。
そのための事業のひとつとして、「漁港等の活用や多様な主体の参画」により海業をさらに進めることとし、次のことをあげている。
・ポテンシャルのある地域や人材の掘り起しを行い、観光や商工分野など多様な業種と連携して地域の実施体制づくりに取り組む。
・漁港用地等の民間利用も含めた計画づくりと実践の取組を促進する。
・地域の多様な主体の参画を促しながら、観光コンテンツの開発・充実と地域内外への情報発信に取り組み、交流人口や水産物の地域消費の拡大を図る。
また、「長崎県内の漁村への年間入込客数」を7,793人(2023年度)から12,000人(2030年度)に、「海業の新たな取組数」を30件(2030年度)とする数値目標も設定している。
(4)海業に寄せられる期待
①交流や雇用による賑わいの創出
漁村に賑わいを取り戻すには、「人」の数が必要である。ただし、それは住民の数のみを意味するのではなく、交流人口・関係人口を含めたものであっていい。
海業は、従来型の「モノ消費」だけでなく、近年の消費行動で顕著になっている「コト消費」や「トキ消費」の場となりうることから、経済的な効果はもちろんであるが、外から新しい風が吹き込むことで地域の魅力を向上させることも期待される。
雇用の面でも、水産加工や物販、飲食事業、体験観光などの働き場所ができれば、人口流出の抑制にもつながる。また、漁を引退した漁業者にとっても経験を活かすことができる場となりうるであろう。
※ モノ(商品)を購入し所有する消費形態は「モノ消費」、旅行、習い事、芸術鑑賞等の機会やサービスを消費する形態は、「コト消費」。その時、その場所でしか体験できないスポーツイベントやフェス等で、感動を他の参加者と共有するとともに、自らも参加者として盛り上がりに寄与し一体感を得る消費形態は「トキ消費」(「令和4年版消費者白書」、消費者庁)。
②海への関心の高まり
海業に触れることで、日頃から海に親しんでいる人もさほど馴染みがなかった人も、海や漁業や魚への関心が高まることが期待される。さらには、体験観光などを通じて、海に起こっている藻場の減少や漂着ゴミの問題といった環境変化を実感することができれば大きな意義をもつ。海業を提供する漁業者側にとっても、そのような話を自分たちの声で利用者に伝えることで、海への関心をあらためて高めることになるであろう。
(5)海業の課題
①人材とノウハウ
海業の主体となるのは、漁業者(漁協)や商工業者、地域住民からなる協議会などの組織で、自治体がオブザーバーとなっていることが多い。そのため、一概にはいえないが、運営ノウハウや人材が不足し、誰がそれを実践するのかが曖昧になる懸念がある。
そこで、関係者間の連携を図るとともに利用者とつなげる中間支援組織が活躍する事例がみられる。たとえば、漁業体験のメニューをつくり、それを組み合わせてひとつのツアーを組成することや、ノウハウ提供、スキル育成、営業から事務まで担うケースなどがある。
②事業の継続性
海業は海を素材とすることから、季節や天候に左右されるうえ、似通った事業内容になりがちである。したがって、そこでしか体験できない何かをアピールしていくことが望まれる。また、漁業者や地域への配慮が大切になる。釣りや体験観光が漁業の妨げになることは避けなければならないし、観光公害、水産加工場や飲食施設から出る廃棄物、体験観光における安全対策も大きな課題である。したがって、そこに物理的な境界線やマナー等のルールが必要となる。経営という観点からは資金調達も大きな課題である。
3.海業の先進事例
水産庁がホームページに掲載している海業の事例からいくつか紹介したい(図表4、5)。

(1)県内の事例
○対馬・比田勝の取組み ~インバウンドをメインターゲットとした海業~
対馬市の北部にある上対馬地区は、天然の良港と豊かな漁場に恵まれるとともに、韓国・釜山や福岡との定期航路を有する観光・交流の拠点である。ここで進められている取組みは、インバウンドを主なターゲットに漁港と港湾を連携させた海業として注目されている。
比田勝を訪れる韓国からの入国者は、ピーク時は年間30万人を超え、コロナ禍で一時減少したものの、最近は20万人ほどに回復してきている。ただ、それだけの入り込みがありながら、これまでは観光消費という面で必ずしも恩恵をこうむってきたとはいえなかった。
そこで、観光関連業者や漁業関係者が着目したのが海業であった。上対馬地区は、水産資源に恵まれたまちであるが、近年では、全国的に漁獲量の減少や漁業従事者の高齢化も顕著であることから、同地区でもこれら課題に未然に対応しこれまで以上に浜の活力を発揮していくため、海と観光を結びつけようと考えたのである。
2023年に上対馬地区(比田勝港、泉・鰐ノ浦・豊・大浦・富ケ浦・唐舟志・浜久須の各漁港)が水産庁の「海業振興モデル地区」に選定。2025年には「上対馬地区海業推進協議会」(代表:八島康平会長=上対馬町漁業協同組合代表理事組合長、事務局:同漁協)が設立され、各種の実証事業を進めた。
同協議会は、「漁村のホンモノ・旬を漁師が提供するアドベンチャーツーリズムの推進」として、「食べる・遊ぶ・交わる」を融合したサービスを展開していくこととしている。比田勝港を拠点として釣り振興や海鮮屋台、マリンアクティビティを入口に、漁家民泊や環境教育へとつなげる。その拠点ともいえる「おっどん市場」が今年(2026年)5月、比田勝港の中心部にて一部供用開始され、同年7月にグランドオープンした。ここでは、地元の海産物を扱う飲食・物販、釣り受付などが行われる。
飲食・物販の展開は、これまで、空いている飲食店が少なくて困っていた地域住民にとっても望ましいことであり、コミュニティ・ビジネスという意味で意義深いものといえる。
また、ここは、釣りを楽しむ拠点でもある。比田勝は釣りスポットとして人気で、2024年には「釣り文化振興モデル港」に指定された。港内にある防波堤を開放しており、釣り堀、丘釣りなどを楽しむことができる。インバウンドだけでなく、国内からの観光客にも釣りの魅力を感じてもらえることであろう。
これら施設の供用開始セレモニーには、地元関係者、国・県・市、釣り文化振興関係者、島内外の海業関係者など約200人が参加しており関心の高さがうかがえた。2026年秋には「第3回海業推進全国サミットIN対馬」が開催される予定である。海業に取り組む人々と交流することにより、長崎県内における海業の魅力がさらに高まることが期待される。
※「おっどん」とは、俺たち、私たちという意味の方言。
※「釣り文化振興モデル港」とは、既存防波堤等を利活用し安全対策を実施することで、釣り文化を促進し、港を軸とした地方創生を図るため国土交通省が指定。

おっどん市場
写真:当社撮影
○丸徳水産の取組み ~体験型観光 ✕ 食べる磯焼け対策「そう介プロジェクト」~
対馬市の美津島にある有限会社丸徳水産(犬束徳弘社長)は、ひとつの会社で多彩な海業を展開している会社である。犬束社長が脱サラして素潜り漁を始めたところから始まり、水産物加工や養殖を営みながら2002年に会社設立。飲食店「肴や えん」、弁当店、宿泊(海辺の施設を再利用したゲストハウスと一棟貸切りの宿)、体験型観光事業を展開してきた。
推進役となったのは妻女の犬束ゆかり専務である。生まれも育ちも対馬の犬束専務は、自分たちが親しんできた海が昔の姿を失ってきたことに危機感を感じ、海をみんなに知ってほしい、海を体験し感じてほしいとの思いから、様々な取組みにチャレンジしている。
「海遊記」と名付けた体験型観光は、漁船に乗り、漁業者の「語り」のもと、養殖場の見学、マグロの餌やり、魚釣り、磯焼けや漂着ゴミの見学などを体験する。関東や遠くは北海道から、若い人や親子連れが訪れ、修学旅行も来る。営業はあまり行っていないが、訪れたインフルエンサーにより人気が広まっている。観光産業と離島振興のモデルケースとして「長崎県ツーリズムアワード2022」において準グランプリを受賞した。また、新しいコンテンツ「丸徳クエスト」は、与えられたミッションを仲間でクリアし、自らが食べる食材をゲットするツアーだ。魚を釣り、野菜を収穫し、鶏小屋で生みたての卵を採卵し秘密基地(海面に浮かぶ小屋)で自らが思い思いの料理を作り食するといった体験が好評を得ている。
同社の取組みで注目されるのは、海藻の食害の主因となっているイスズミという魚を使って名物料理を開発したことである。2016年に食害のことを知って関心を持ち、2019年に本格的に料理に取り組んだ。実は、イスズミは地元で「猫またぎ」といわれるほど臭くて美味しくない魚といわれ、周囲の反応は鈍かった。しかし、魚の知識と料理のノウハウを生かして創意工夫を重ね、臭みがなく旨味のあるメンチカツに仕上げた。
その過程において犬束専務は持ち前のバイタリティと行動力を発揮した。長崎県の担当部署に試作品のスープを持ち込んだり、対馬市の漁協の組合長の会合にカセットコンロと鍋を持ち込んで試食してもらったりして理解の輪を広げていった。同時に、関心を集めるには新しい名前と物語が必要だと考え、「海藻を増やす」、「漁民も魚も相互に良くなる」、「創意工夫で惣菜へ」といういくつもの「そう」を重ねて「そう介」と名付けた。そして「そう介」は2019年の「第7回Fish-1グランプリ」(※)でグランプリを獲得することになる。
「そう介」のメンチカツやすり身は、同社が経営する飲食店だけでなく給食でも提供されるようになり、今では島内外に販売している。1日で1トン以上さばく日もあるくらいの人気で、製造が追いつかないほどである。藻場再生と迷惑魚を活用した名物料理の開発という「そう介プロジェクト」は、海を大切に思う犬束専務の思いで推進されている。
これら様々な活動ができるのは、地元である美津島町漁業協同組合や地域づくりを支援する組織・団体、行政、移住者を含めた地域の人々との連携があるからである。
漁業者との関係にも配慮している。たとえば、漁業者からイスズミや雑魚などを無料でもらっていたが、今は買取ることで漁業者の収入に寄与するようにしている。関係を築くことで、体験観光などの際には漁協の施設を開放してもらっている。湾を仕切って海藻を育成する事業についても、漁業者には邪魔であるが藻場再生の観点から理解を得ることができた。
地域も私たちも良くなることが大切、今あるものを大切にして生かすという同社の姿勢は、海業の指針となるものであろう。
水産庁のホームページにある「海業の推進に取り組む地区」一覧をみると、「対馬市三浦湾漁港」の申請者は同社である。他所は大抵が行政や漁協等であり、単独企業名になっているのは珍しい。そこにも犬束専務の熱意と行動力がうかがえるのではないだろうか。
※「Fish-1グランプリ」とは、知られざる国産水産物を使った料理や商品を新しい名物として地域の観光や産業の活性化につなげようというイベント。そのなかの「国産魚ファストフィッシュ商品コンテスト」において「食べる磯焼け対策!!そう介のメンチカツ」がグランプリを受賞。

そう介のメンチカツを提供するランチ
写真:当社撮影
○壱岐・勝本浦の取組み ~遊覧船と商店街の動線の構築~
壱岐市の勝本は、古くは鯨、その後はイカやクロマグロの漁が盛んであったが、近年はイカの漁獲量の低迷などから漁船の数も減ってきている。
そんな勝本を活気づけるために2004年から勝本町漁業協同組合(大久保照享代表理事組合長)が始めたのが辰ノ島遊覧船だ。
辰ノ島は、壱岐の最北端、勝本港から船で約10分の沖に浮かぶ無人島である。壱岐対馬国定公園の特別保護区に指定されており、ダイナミックな奇岩・断崖絶壁の自然景観と、環境省の「日本の快水浴場百選」にも選出されている遠浅で透明度の高いビーチが魅力だ。そんな壱岐を代表する観光スポットである辰ノ島を堪能する遊覧船は、年間の利用客が2万人を超え、とくに夏場は賑わいをみせる。利用者のほとんどが島外客で福岡が最も多いが関東、関西からも訪れておりリピーターも多い。
ただ、遊覧船の乗り場周辺には飲食店があるものの、商店街に隣接していないことから経済効果という点で課題があった。そこで、遊覧船を運航する同漁協や商工会、地域住民などが勝本浦部活性化推進協議会(大久保照享会長=同漁協組合長、事務局:同漁協)を組織し、港を整備し海業の拠点とする計画を行政とともに進めている。
具体的には、勝本港の商店街に近い地帯の一部を埋め立てて、そこに遊覧船乗り場を移設するとともに、交流や物販の拠点施設と駐車場を整備し、既存の朝市売り場等を改修する計画である(※)。
勝本浦の商店街は、旧勝本町時代から町並み保存に力を入れており、レンガ造りや格子窓といった昔ながらの町家が風情ある佇まいを見せている。また、小規模ながら朝市も立ち、地元の人と観光客の交流の場となっている。商店街周辺には史跡も多く、街歩きも楽しむことができる。さらに、車で10分ほどのところには湯本温泉がある。
辰ノ島から商店街までの動線が近く太くなることにより、遊覧船の利用客が勝本浦を歩き、食べ、滞在することを目指している。
このような計画が認められ、勝本港は水産庁から「海業の推進に取り組む地区」とされている。同協議会は、今後、工事と並行して、物販、交流、朝市など観光分野の人材発掘・育成や、遊覧船の安全対策、運航者の後継育成などを進めていく。
※スケジュール(予定)は、2028年度に埋立工事完了および拠点施設オープン。

辰ノ島遊覧船からの眺め
写真提供:(一社)長崎県観光連盟
○新上五島・奈良尾漁港の取組み ~漁港施設をヨットの寄港地に~
奈良尾漁港は新上五島町の南部に位置し、定期船が就航する島の玄関口である。かつてはわが国有数のまき網漁船団の基地として最大24カ統(船団)が稼働し、漁港を中心として生活が営まれていたが、漁業を取り巻く環境の変化により現在は3カ統にまで減少し、漁業に携わる人も減ってきていた。そこで、漁船の減少により遊休化した漁港施設を有効活用することで地域を活性化しようという取組みが動き出している。
2023年、海業を推進する組織として、漁港利用者、観光関係者、地域関係者によって「奈良尾漁港賑わい創出協議会」(竹内隆治会長=浜串漁業協同組合代表理事組合長、事務局:同漁協)が設立された。翌2024年には、同漁港(奈良尾港ターミナルビル)が「海の駅」に認定(「かみごとう・ならお海の駅」)。同年、水産庁より「海業の推進に取り組む地区」および「実証的に海業の推進に取り組む地区」に指定を受けた。さらに、2025年に同協議会が主催する初のイベントとして「海の駅フェスタ1周年」、次いで「第1回上五島・奈良尾ヨットフェスタ2025」を開催した。
2026年4月に開催された「第2回上五島・奈良尾ヨットフェスタ2026」には、西海市大立島・小立島から同港までの約21.5マイルのコースにヨット25艇・95人が参加した。参加者を普段の拠点港別にみると県内が多いが、居住地別にみると県内は約4分の1で福岡や関西、関東、それ以遠からも訪れている。参加者からは上五島の海の美しさに驚いたという感想も聞かれた。レース後には参加者と地域住民の約200人が食事や演し物を通して交流し、当地におけるイベントの集客としては大きな成果となった。
同漁港におけるヨットの寄港数は、2021年度の8回から2024年度の海の駅認定を経て飛躍的に増え2025年度は85回にのぼった。これからさらに、ヨットの受入態勢を整えていくことになる。ハード面(※)では、浮桟橋の設置や岸壁の改良を進め、50フィートクラスのヨットの係留数を現在の7隻から計画実施後は6隻増の13隻にする計画。また、ソフト面では、受入窓口の整備、係留支援やごみ処理等のサービスを提供する。将来的には年間200回以上の寄港を目指しており、ヨットの寄港を推進する他の港との連携も考えている。
同協議会が取り組もうとしているのは、ヨットだけではない。観光客向けのマリンレジャーとしてスピアフィッシング(海に潜って銛で魚を獲るレジャー)やシュノーケリングの事業化も目指している。このうちスピアフィッシングについては、安全対策や受入ルール(魚種、魚の大きさ、漁具、区域の制限など)の検討を進め、2025年度には県知事の特別採捕許可のもと観光客の受け入れを実施した。シュノーケリングについても2026年度以降の取組み実証化を目指している。
また、ヨットやレジャーによる来訪客の受入れに対応できるように、漁港において水産加工販売事業や横丁事業(飲食施設)を計画している(※)。観光客の消費に期待するのはもちろんだが、地域の人が地元で獲れた魚を食べることにより、経済を島内で循環させるだけでなく、魚や漁業文化に対する関心を高めることにもつながると期待されている。
これらの取組みには、漁港利用者だけでなく、協議会の構成員である観光業者やオブザーバーである行政、島外出身者も含めた地域関係者が知恵を出し合いながら携わっている。
※2026年6月、ヨット(プレジャーボート)受入・案内拠点、滞留の核となる横丁、地場水産物の消費拡大のための加工販売施設の整備・運営を内容とする「漁港施設等活用事業の実施に関する計画(実施計画)」が、県から認定された。

ヨットレースのときに係留されたヨット群(奈良尾地区D浮桟橋)
写真提供:長崎県五島振興局上五島支所
(2)他県の事例
他県においても、県内事例とはタイプの異なる特色ある取組みがみられる(図表5)。

○福岡県・糸島の取組み ~漁港におけるカキ小屋の常設化~
そのなかから、福岡県糸島市におけるカキ小屋常設化の取組みを紹介したい。
福岡県糸島市は、大都市福岡に隣接しながら海と山の幸に恵まれるまちで観光地としても人気が高い。ここではカキの養殖が盛んであり、糸島漁業協同組合によると、2024年の取扱高は約5.3億円(水揚げ量約500トン)、カキ小屋の来客数は2024年度には約53万人にのぼる。関連する養殖管理やカキ小屋の運営に年間500人以上が雇用されている。
人気のカキ小屋であるが、悩ましい問題もあった。その一つが、仮設施設で営業していたため、夏季には撤去しなければならず経費がかかる、トイレが仮設で衛生面に課題がある、床が土であるため服などが汚れやすいという点である。こうした問題を解決すべく行政機関への働きかけを行い、これまでに3漁港に18棟の常設カキ小屋が設置された(※)。
その取組みのなかで、糸島市が2025年1月に策定した計画は、先にあげた国の「漁港施設等活用事業」の第1号として注目された。計画の内容は、市内の加布里(かふり)漁港を対象とし漁港施設用地を活用して、同漁港で水揚げされる水産物(カキ等)を対象とした飲食の提供を行うものである。同年10月に、鉄骨造平屋建て2棟、面積288.0㎡/棟、客席数約200席/棟、多目的トイレやスロープを設置したバリアフリー対応の常設小屋が完成し営業が開始された。
総事業費は1億2,752万円。内訳は、県の交付金(国からの補助を含む)5,778万円、市の水産業振興対策事業補助金333万円、漁協負担6,641万円である。
常設化によりこれらの問題が解決されることで、運営側にも利用者側にもメリットが及んだ。雇用や観光を通して、それまで漁業に関係のなかった人々が漁業に親しみを抱くことにもつながっている。今後は、季節や天候に左右されない新たな取組みも期待されている。
※ 参考資料:同漁協資料「2026年3月、第31回全国青年・女性漁業者交流会 発表資料」

糸島の漁港に常設されたカキ小屋(赤い屋根と白い屋根)
写真:当社撮影
おわりに
各地にある漁村が浜の活力を取り戻そうと海業に乗り出すなか、大切なのはその地域にあった規模や内容にすることと、地域がかかえる問題の解決に寄与することであろう。
その点、長崎県内の事例をみると、いまあるものや与えられた条件を生かして課題に向き合っていることがわかる。上対馬はインバウンドをメインターゲットとした海業、丸徳水産は体験型観光と食べる磯焼け対策「そう介プロジェクト」、勝本は遊覧船と商店街の動線の構築、奈良尾は漁港施設をヨットの寄港地にというように。
長崎県内ではここにあげた事例の他にも海業の取組みが進んでいる。それらの取組みにも期待したい。
(2026.7.22 宮崎 繁樹)