はじめに
自転車については、2017年5月に環境負荷の低減や健康の増進、災害時における交通機能の維持などを総合的・計画的に推進するとした自転車活用推進法が施行され、次いで2018年6月に自転車活用推進計画が、2021年5月には第2次自転車活用推進計画がそれぞれ閣議決定されるなど、その活用が国から奨励されている。
第2次自転車活用推進計画のなかには、サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現が謳われており、自転車による観光が国策となった。
そこで、直接五感を通じて地域固有のストーリーを体験することができる乗り物として、また、新型コロナウィルスの感染拡大期には、密を防ぐことができる乗り物して注目される『サイクルツーリズム』の長崎県内における取組みについて報告する。
Ⅰ.長崎県における自転車活用推進計画の策定
2018年6月の自転車活用推進計画の閣議決定の際、国から各都道府県知事に対して地方版自転車活用推進計画を検討するよう指示があった。これを受けて、長崎県も県内の市町に対して市町版自転車活用推進計画の策定検討を依頼するとともに、そのモデルルートとして大村湾沿岸地域と下五島地域、上五島地域を想定、まず2019年3月に長崎県が「長崎県自転車活用推進計画」を策定した。その後、同年11月に南島原市が、2021年3月には五島市と大村市、新上五島町が、2023年3月に島原市がそれぞれ同推進計画を策定している。
Ⅱ.南島原市におけるサイクルツーリズムの取組み
南島原市は、いち早く県の呼びかけに応じて自転車活用推進計画を策定した自治体であり、後年、同計画を策定した他の自治体では行われなかった市民アンケートの実施※など、先行してサイクルツーリズムに取り組んでいる。これには、2008年3月の島原鉄道南線の廃線が大きく影響している。
※南島原市自転車活用推進計画 P.18~25参照
島原鉄道の南島原駅(当時)~加津佐駅の南線区間は、諫早駅~南島原駅(同)の北線区間と異なり、1990年に始まった雲仙普賢岳噴火災害により長期運休に追い込まれてしまった区間である。その後、河川の改修に伴う高架橋の建設など災害復旧工事が完成し、トロッコ列車の運行といった新たな観光資源を開発して1997年4月に7年振りとなる全線開通にこぎつけた。ところが、運休期間中の沿線人口の減少に加え少子高齢化、観光客の減少、自家用車のさらなる普及などが重なり、輸送人員の減少に歯止めがかからず厳しい経営環境下に置かれ続けた。そして2008年3月には、1922年に島原湊駅(現:島原船津駅)~堂崎駅間の口之津鉄道開通に始まった南線区間がその86年の歴史に幕を閉じた。結果、島原半島の鉄路は、全長78.5kmのうち廃止区間が35.3kmと、およそその45%が失われた形となった。
南島原市は、この南線廃線跡地を市民の健康増進に役立てるとともに、観光客を呼び込んでその経済波及効果も期待できる自転車歩行者専用道路として整備しようと、「南島原スロー・サイクルの形成」を基本目標に掲げた南島原市自転車活用推進計画を2019年11月末に策定し、翌20年4月には、建設課内にその事業を推進する専門部署“自転車道路整備班”を設置して自転車歩行者専用道路の整備に着手した。この廃線跡の自転車歩行者専用道路を中核に、市内全域を対象とした自転車ネットワークを28年度末までに整備するとしている。
同市では、自転車と歩行者の安全・安心な通行区間を確保することにより、市民の健康増進や観光交流による地域づくりのため、廃線跡の旧加津佐駅から隣接する自治体・島原市との行政区域境の「ふかえ桜パーク」までのおよそ32km について、自転車歩行者専用道路化を目指している。2020年度から国の交付金事業等を活用して整備事業に着手し、今年度(24年度)末の完成を目指して工事が進められていた。
ところが、入札における不調、不落により工事に着手できない期間が発生したことや、関係機関との協議に伴う施工期間の調整などから事業が停滞した結果、全線開通は25年度末予定に延期となっている。
このような状況のなか、自転車歩行者専用道路は今年(24年)6月現在、全線32km中約17kmが供用を開始した。
※今年4月以降に通行開始となった区間(図中黄色表示&ナンバリングの部分)
①南有馬町吉川下潟~崎町まで(206m)
②南有馬町JA~旧原城駅付近まで(350m)
③北有馬町日之江会館付近~宮之坂まで( 482m)
④西有家町旧龍石駅~南島原市須川港多目的防災広場まで(1,002m)
⑤西有家町西有家庁舎付近~夢織りの里まで(118m)
⑥有家町県道雲仙有家線~ありえコレジヨホールまで(225m)
⑦有家町前田~東池田まで(865m)
⑧有家町古城~旧堂崎小学校まで(450m)
⑨有家町浜小路~若草保育園付近まで(230m)
⑩布津町野田~貝崎浜まで(840m)
⑪布津町潮入崎~深江町古江まで(969m)
※以下、写真はクリックすると拡大
この鉄道廃線跡の自転車歩行者専用道路には、路面標示や矢印のようなマークの青色の矢羽根が描かれており、車両侵入防止柵を設置して、車が侵入できないサイクリングルートであることを示している。また、旧駅の一部には、両サイドに自転車の前輪を差し込んで固定できる休憩ベンチを設置している。
◇下3枚の写真は旧白浜海水浴場前駅
◇下2枚の写真は旧加津佐駅
4. サイクリングのまちとして
同市は、”サイクリングのまち南島原”を目指して、整備中の廃線跡自転車歩行者専用道路とは別に、市内全域を走行するサイクリングマップを作成している。そのコースは市内1周コースや世界遺産コースなど、テーマ別に6コースあり、きれいな風景や「食」などを自転車で回ることができる。
また、同市では、2018年に“原城跡”が世界遺産に登録されたことを機に、「原城温泉真砂」と「有馬キリシタン遺産記念館」にて電動アシスト付き自転車の貸出を行っており、その利用実績は、2021~23年度の3年間で年平均1,500台近くとなっている。なお、このレンタサイクルは現在無料であるが、今年度中の有料化が見込まれているとのことである。
5. NCRの指定を目指して
NCR(ナショナルサイクルルート)とは、一定の条件を満たしたサイクリングコースを、国土交通省がわが国を代表する安全で快適な自転車道として指定する制度である。国が世界に向けてそのPRを行っており、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道サイクリングロード」を始め、現在6ルートが指定されている。
九州にはまだNCRに指定されたサイクルルートはなく、南島原市ではこの鉄道廃線跡を活用した自転車歩行者専用道路を九州初のNCRにしたいと考えている。ところが、NCR指定要件のなかに「該当ルートの距離は100km以上(離島・島しょ部を除く)」とあることから、32.1kmの廃線跡ルートでは距離が足りない。そこで、隣接する自治体の島原市と雲仙市を含めた島原半島全体での指定を目指している。これを担うのが、島原半島全体の地域の活性化に寄与することを目的としている一般社団法人島原半島観光連盟である。
同連盟では、2022年度から半島全体のサイクルルートの造成に取り組んでおり、半島におけるサイクルツーリズムの愛称を「行こうよ!」の島原弁「イコモン」から名付けた“島原半島サイクリング イコモン”として、総距離106kmとなる島原半島1周ルートなど、5つのサイクルルートを設定した。
しかしながら、2010年度にルート造成に取り組んだしまなみ海道サイクリングロードでも、指定されたのが2019年度と、NCRとなるまでに9年を要しており、その指定には長期戦を覚悟する必要があるようだ。南島原市の担当者は「NCR指定を目指すとともに、市内のサイクルルートを長崎県内の他のサイクルルートはもとより、他県へもつながるサイクルルートとして整備していければ」と話している。
【前編】終了。
【後編】では、五島市と長崎県観光連盟の取組みについて報告する。
(2024. 9.18 杉本 士郎)