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長崎経済研究所

【新しい風】 東京から、小さな港町へ

合同会社 te to ba 代表  村野麻梨絵

 獨協大学英語学科を卒業後、文化服装学院でファッションを学ぶ。卒業後は東京のアパレル企業に勤務し、プレスとして広報等を担当。その後、退職して長崎県五島市の地域おこし協力隊に着任。

 任期満了後の2018年、地域資源を活かしたカフェ&ショップ「te to ba <手と場>」をオープンさせる。2020年にはホステル「ta bi to <旅人>」を開業し、五島の自然や文化を活かしたウェディング事業もスタート。現在はカフェ、宿泊、ウェディングの各事業を通じて、地域活性化に取り組んでいる。

はじめに

 はじめまして。五島列島福江島の小さな港町で、ショップ&カフェ、宿泊施設、そしてウェディング事業を営んでいる村野麻梨絵と申します。私は2015年に五島に移住し、気がつけばもうすぐ10年になります。

 元々は埼玉県所沢市に住み、東京のアパレル企業で働いていました。アパレル業界では販売促進や広報、プレスの仕事を担当し、毎日朝早くから夜遅くまで働いていました。充実している反面、ふとした瞬間に「太陽がどこから昇って、どこに沈んでいるのだろう」と感じることも多く、都会の生活の中で日々の忙しさに追われる自分に疑問を抱くようになりました。

 その頃、友人の結婚式のためにウェディングドレスを作る機会がありました。アクセサリー作りやウェディングドレスの制作を通じて、私の中に「ブライダル事業を立ち上げたい」という夢が芽生えたのです。そして、アパレルの仕事を退職し、転職活動をしていた時に出会ったのが、五島列島での地域おこし協力隊の募集でした。

 当時はウェディングとは無関係の職務でしたが、五島なら自由なスタイルの結婚式ができると感じ、この島で何か新しいことに挑戦しようと決意しました。そして2015年3月、五島に移住して地域おこし協力隊として観光事業や民泊推進などに携わりました。

カフェ「te to ba <手と場>」の立ち上げ

 移住から約1年が経った頃、遠い親戚が所有していた物件を見つけました。誰も住んでいないため10年近く放置され、廃屋寸前の状態でしたが、その古びた建物に一目で惹かれ、リノベーションして何か新しい場を作ろうと決心しました。

 そのようななか、長崎大学の学生が地域でワークショップを開いており、その場で「地域の課題」について話し合う機会がありました。多くの人々が「交流の場が少ない」と口にしていたことを受け、私は「みんなで手と手を合わせて場を作ろう」という思いから、カフェ「te to ba <手と場>」の構想を膨らませました。

※掲載写真は全て“te to ba <手と場>”提供(クリックすると拡大できます)

<はじめて入った建物の中。自然に還ろうとしているかのようでした>
<できることは自分の手でと思い、漆喰の壁などを塗りました>

 近隣の住民にも意見を聞きながら、カフェを地域の集いの場にすることを目指し、五島の食材を使った料理を提供することにしました。例えば、五島の市場には都会のスーパーとは異なり、季節ごとに限られた食材が並びます。メニューは、その日手に入る旬の食材を中心に考え、自然の恵みをお客様に楽しんでもらうようにしています。

<ショップ&カフェ te to ba <手と場>の外観>
<豊富な島の食材>
<島の食材を生かしたある日のランチメニュー>

 観光客の来店も多く、半分以上のお客様が観光で訪れる方々です。食を通じて、五島の魅力を伝えることができる場になりました。

宿泊事業「ta bi to <旅人>」の展開

 カフェを始めた後、カフェからわずか30秒の場所に、また素敵な空き家との出会いがありました。その家はコンパクトで、住居というよりもゲストハウスに適している形状をしていました。そこで、私はゲストハウス「ta bi to <旅人>」を開くことを決め、準備を始めました。

<ホステルta bi to <旅人> の玄関>

 出会ったのは2019年で、ちょうど法人化したタイミングでした。当初は2020年3月のオープンを予定していましたが、コロナ禍の影響でオープンを8月まで延期することにしました。それでも、ta bi to <旅人>は私にとって「世界中の人々が訪れ、五島での時間を楽しんでほしい」という思いを込めた場所であり、今では観光客にとって富江に滞在することができる拠点となっています。

<宿のすぐ目の前に広がる漁港>
<朝の富江商店街の風景>

 宿泊客が増えることで、日帰りでは味わえない五島の夜の居酒屋や朝市など、地元の生活に触れる機会も増えました。今では、多くの方々が「会いに来てくれる場所」として、ta bi to <旅人>は五島の魅力をさらに広める役割を果たしています。

五島ウェディングプロジェクト

五島の自然や文化を活かした「自由な結婚式」を提案するオリジナルウェディングを手掛けています。

 2019年にTe to ba <手と場>が軌道に乗り始めたタイミングで、本格的なウェディング事業をスタートさせました。最初の一歩は、モデル挙式の実施でした。プロモーション用の写真を撮影し、「自由な結婚式」とは何かをイメージしてもらうためのものです。このモデル挙式を基に、ウェブサイトやYouTubeで告知を開始したところ、徐々にお問い合わせが増えてきました。

<美しい海の目の前で祝福される新郎新婦>

 しかし、2020年にコロナ禍が訪れ、最初の2件の挙式を終えた後、しばらくは島外からのお客様の結婚式が中止となりました。その間、私たちは地道にSNSを活用した発信を続けました。特にInstagramやYouTubeを使って、私たちが提供する「自由な結婚式」の魅力を少しずつ伝えました。

やがて、コロナ禍ならではの小規模な「家族だけの結婚式」へのお問い合わせが増えました。ハワイ挙式を計画していたカップルや、結婚したけれど式を挙げられなかった方々が、五島の雄大な自然と美味しい食事を堪能しながら少人数での挙式を希望されるようになりました。現在では、家族や友人を交えた様々なスタイルの結婚式をプロデュースしています。

<コロナ禍で結婚式を挙げられなかったご夫婦とそのご家族>
<とても温かいお式となりました>

 Te to ba <手と場>のオリジナル五島ウェディングでは、食材、引き出物、スタッフなど、可能な限り五島産にこだわっています。結婚式は多くの人が関わり、島の経済的にも重要なイベントになると思っています。この晴れの日を通じて、五島を訪れるお客様には五島の魅力を体験してもらい、再び新しい家族と共に来島していただけることを目指しています。実際に挙式を挙げたカップルが、お子さんを連れて再訪してくださることも増えてきました。さらに、結婚式に関わるスタッフや地元業者とも密に連携し、地域のビジネス機会を創出できるよう努めています。

新たなチャレンジ~アートギャラリーの構想

 Te to ba <手と場>では、五島に「住み続けられる島」を作ることを目標に、楽しく持続可能な経済活動を展開しています。その中で、現在進行中の新しいプロジェクトが「アートギャラリー」の設立です。数年前に譲り受けた元写真館の建物をどのように活用するか悩んでいたところ、島の文化的格差を埋めたいという思いが生まれ、ギャラリーの構想が膨らみました。

 五島には、故山本二三先生の美術館のように一部の作家を中心とした私的な美術館はありますが、幅広い作家の作品を展示する場所はありません。また、島には映画館もなく、テレビCMも少ないため、特に子どもたちが都市部の子どもたちと比べて文化的な体験を得る機会が限られているのが現状です。この文化的な格差をどうにかして埋めたいという思いから、ギャラリーを通じて島内外の人々に豊かな文化体験を提供したいと考えました。

※五島市出身のアニメーション映画・美術家。代表作に 『天空の城ラピュタ』、『火垂るの墓』、『もののけ姫』、『時をかける少女』など多数。

<新しいプロジェクトの拠点となる元写真館だった建物>

<完成予想図>
<2階建てなので、2階はウェディングドレスのレンタルスペースに>

 このギャラリーでは、島外のアーティストを招き、アーティストインレジデンスとして五島をテーマに作品を制作してもらいます。また、既存の作品を持ち込んでもらい、企画展や島の人たち向けのワークショップも開催する予定です。観光客にとっても、五島を表現したアート作品に触れることで、観光以上の特別な体験を提供できる場を目指しています。

<te to ba <手と場>で行った島外のアーティストを招いたワークショップ>

五島での生活を通じて学んだこと・今後の展望

 私がte to ba <手と場>を通じて展開している様々な事業は、全て「住み続けられる島をつくる」という一つの目標に基づいています。五島の素晴らしい自然や食、人々とのつながりを深く感じ、この場所から離れたくないと思うようになりました。私たちが目指すのは、ここで生まれ育った子どもたちがいつか島に戻ってきたいと思えるような環境を作ることです。

 福江島には高校までしかなく、多くの子どもたちは進学のために一度島を出る必要があります。それ自体は悪いことではありませんが、子どもたちが「島には何もない」という劣等感を持ってしまうのは問題です。大人たちがそうした言葉を使い続けることで、子どもたちも故郷に誇りを持てなくなってしまいます。私たちは、この島が衰退してしまう危機感を持っています。

 島の子どもたちにとって、映画館や文化施設が少ないことは、いわゆる「体験格差」に繋がります。この格差は将来の学力や生活水準にも影響するという社会的な課題です。そこで、島内でも豊かな文化体験を提供できる仕組みを作ることが重要です。

<te to ba <手と場>でお世話になっている米農家さんと一緒に田植え体験をした時の様子>
<この子たちが帰ってきたいと思えるよう、かっこいい大人になりたいと思います>

おわりに

 私たちの活動は一歩一歩小さなものかもしれませんが、確実に未来を変える力があると信じています。いつかこの島が、子どもたちや大人たちにとっても豊かで、誇りを持てる「何でもある島」になるよう、これからも活動を続けていきます。

<手と手をあわせて場をつくるte to ba <手と場>。今後も子どもたちが帰ってきたいと思える場をつくっていきます >

 

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