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長崎経済研究所

元寇750年を迎えた松浦市鷹島 ~所縁の自治体とネットワーク~


 今年(2024年)は元寇の最初の戦い(文永の役=1274年)から750年という節目の年にあたる。それを機に、主な舞台のひとつである松浦市の呼びかけにより、関係する自治体が「元寇所縁(ゆかり)のネットワーク」(以下、ネットワーク)を結成した。そこで、元寇の史跡や伝承地が数多く残る松浦市鷹島周辺と、ネットワークの取組みについてレポートしたい。


■元寇終焉の地、鷹島

 元寇(蒙古襲来)とは、鎌倉時代に二度にわたって元(蒙古)が日本に侵攻してきた出来事をいう。一度目(文永の役)は1274年、二度目(弘安の役)は1281年(図表1)。侵攻ルートである対馬、壱岐、松浦は大きな悲劇に見舞われたが、鎌倉武士が防戦し最終的には暴風雨により元軍が撤退したと伝えられている。

 波静かな伊万里湾の入り口に浮かぶ面積17㎢の小さな島、鷹島は、弘安の役ではその沖合で元軍の船約4,400隻の大半が暴風雨により海の藻屑と消える元寇終焉の舞台になった。元寇という歴史的な出来事は、社会の教科書のなかだけの話ではなく、身近なこととして750年が経ったいまでも、言い伝えや史跡として島内各地に残っている。

 たとえば、恐ろしいものの例えとして、いたずらをする子どもに「ムクリ(蒙古)、コクリ(高句麗)が来るぞ」と言い聞かせる風習があった。また、激しい戦だったことを示す史跡として、少弐景資(しょうにかげすけ)の陣屋跡と伝わる龍面(りゅうめん)(あん)、戦死した対馬小太郎の墓や兵衛(ひょうえ)次郎の墓、元軍に殺害された一家を弔う開田の七人塚(いずれも市指定史跡)、その他にも各地に供養塔や五輪塔などが残っている。



■水中考古学の先進地、鷹島海底遺跡

 元軍船が沈没した鷹島沖の海底遺跡は、国内の水中遺跡のなかで継続的な調査が行われている唯一の遺跡であり、水中考古学の先進地といっても過言ではない。

 1980年(昭和55)から始まった調査によって、これまでに4,000点以上の元寇に関連する遺物が発見されている。一連の調査により、文献や絵画等によってしか知られていなかった元寇の様相が具体的に明らかになったことから、2012年(平成24)に「鷹島神崎(こうざき)遺跡」と名付けられ、海底遺跡としては日本で初めて国史跡に指定された。

 貴重な遺物を収集して脱塩・保存処理を施し研究・展示しているのが松浦市立埋蔵文化財センターである。その展示品のなかからいくつか紹介しよう。

○てつはう … 国宝「(もう)古襲来(こしゅうらい)絵詞(えことば)」に登場する炸裂弾と考えられる直径15㎝前後の球状の焼き物。内部に火薬のほか鉄や陶磁器の破片が入れられており、殺傷能力が高かったと推測される。

○鷹島の管軍(かんぐん)総把印(そうはいん) … 元の公用文字であるパスパ文字で「管軍総把印」と刻まれている青銅製の印鑑。総把とは、今日の中隊長程度の将校の意。長崎県指定文化財。

てつはう

提供:松浦市教育委員会

鷹島の管軍総把印

提供:松浦市教育委員会

いかりの引き揚げの様子(2022年度発掘調査)

提供:松浦市教育委員会


○VR(仮想現実)による疑似体験 … 元の大船団が目の前に現れるものや、元寇船乗船体験、沈没船探検モードなど。トリックアートによる錯覚型体験コーナーもある。

○一石型木製いかり … 鷹島1号沈没船の近くで発見された木製のいかり。「海底深くに食い込んだ状態であり、弘安の役の際に船から投錨されたそのままの状態を保っていたものと推察(※)」される。このいかりを引き揚げた2022年(令和4)の発掘調査の財源には、国県の補助金だけではなく、ふるさと納税を活用したガバメントクラウドファンディング(GCF、自治体が行うプロジェクトに共感した人たちから寄付を募る仕組み)を活用した。目標額1千万円を超える1,152万3千円の寄付が集まり、いかりを引き揚げる様子を見学するツアーにも多くの応募があった。

※「松浦市文化財調査報告書 第12集 松浦市鷹島海底遺跡-令和4年度 発掘調査概報-」、2023年、長崎県松浦市教育委員会


 今年行われた令和6年度鷹島海底遺跡発掘調査では、昨秋発見された木製構造物が、3隻目となる元寇沈没船と特定された。今回の調査は、水中遺跡調査の技術修得や人材育成を図る文化庁のパイロット事業(※)の一環として行われたものであり、県内外の専門職員の研修も兼ねていた。このことは、この地が水中遺跡調査において重要な役割を担っている証左といえるだろう。

※令和6年度日本における水中遺跡保護体制の整備充実に関する調査研究事業にともなうパイロット事業


 海底調査は意外なつながりも生んでいる。引き揚げたいかりなどに施す特殊な保存処理にはトレハロース(糖類の一種)が有効だが、その国内トップメーカーであるナガセヴィータ(本社:岡山市)と文化財保全修復事業等に関する包括連携協定を結び、持続可能な文化財保護に向けて連携することになった。

 海底遺跡をより身近に感じられるアクティビティも生まれている。‘ビーチコーミング’(海岸沿いで見つかる遺物の観察ツアー)と‘シュノーケリングツアー(水中探索ツアー)では、元寇遺物を観察・記録することも可能である(ただし、持ち帰りはできない)。


■「元寇所縁のネットワーク」

 鷹島だけでなく、対馬や壱岐、福岡そのほか各地で元寇から750年を機に企画展や講座などが催されている。そういうなか、松浦市は、広く元寇という出来事を知ってもらう好機と考え、関係する自治体との連携を図った。

 声を掛けた相手は、応戦した武士の出身地や領地などがあった自治体である。それは、元寇といえば暴風雨で元軍船が壊滅したことや海底遺跡といった攻めた側の話に目が行きがちだが、守りの側、すなわち立ち向かった武士((ひと))の活躍があったことにも光を当てたいという思いからである。自分たちの住む場所に関係のある人の物語や史跡を知ることで、元寇をより身近に感じてもらうとともに、広く国内外にPRすることによりその地域が活性化することが期待される。

 この呼びかけに多くの自治体が賛同し、ネットワークが設立された。長崎県内では、松浦市、対馬市、壱岐市、平戸市、新上五島町が参加。県外でも、(もう)古襲来(こしゅうらい)絵詞(えことば)に描かれた竹崎(たけざき)(すえ)(なが)(熊本県宇城市)、幕府の執権である北条時宗(鎌倉市)などの有名な武士に関わる自治体も参加している(図表2、2024年9月末現在、28自治体)。なかには、ネットワークの声掛けを受けるまで自分たちのまちの武士が参戦したことを知らなかった、元寇に関心が湧いてきたという声も聞かれるなど、早くも効果が表れている。



ネットワークのロゴマーク

提供:元寇所縁のネットワーク

■ネットワークの取組み

 ネットワークとしての事業を、構想段階のものも含めてあげてみよう。

○資料の相互貸出や企画展・講演会の開催 … 自治体間の交流が生まれ、史実の検証や、これまで知られていなかった物語の発見など、より多くの情報を交換し発信することが可能となった。

○元寇カード … 参戦した武士や関係する文化財などをイラストや写真付きで紹介したトレーディングカード。カードの収集や交換を通して元寇の物語をわかりやすく広めるねらい。松浦市の場合、市文化財課、まつうら観光物産協会で配布している。

○スタンプラリー … 元寇に関係する遺跡を巡る、アプリを使用したスタンプラリー。現在、松浦市、壱岐市、対馬市、福岡市で開催している。

○漫画制作 … 元寇を取り扱った漫画としては「アンゴルモア 元寇合戦記」(対馬の戦いを描いた漫画・アニメ。続編の同・博多編が連載中)があるが、それとは別に偉人伝のようなタイプの漫画の制作を検討中。

○元寇子どもサミット … 小学校などに参加を募り、元寇について学習したことの発表会を開催することを検討中。


■松浦市の元寇関連事業

 松浦の取組みとしては次のものがある。

○松浦市が発行する情報誌「meets!まつら19号」でネットワークについて特集。35,000部刷行し観光案内所などに設置しており、追加設置の要請も多い。

○例年開催している松浦市最大のイベント「松浦水軍まつり」(2024年は10月26日・27日)においてネットワークが後援として元寇をPR。子どもたちが楽しみながら元寇の歴史を身近に感じられるようにと、元軍と対戦するPCゲームや「てつはう」を模した入浴剤づくり体験などを催した。

○元寇を縁とする姉妹都市であるモンゴルのホジルト郡との連携を深めようと、2023年に同郡の訪問団が松浦を訪れ、2024年には松浦市訪問団が同郡を訪問した。

○松浦は弘安の役とかかわりが深いことから、750年にあたる7年後(2031年)に向けての事業を計画中。


■人と物の交流の活発化が期待される鷹島・福島

 鷹島(旧鷹島町)は同じ伊万里湾に浮かぶ福島(旧福島町)とともに、2006年(平成18)、旧松浦市と合併して現在の松浦市となった。この2つの島は、合併前から人口減少が進んでおり、今後もその傾向は続くとみられている。当社の「長崎県内の将来人口推計」(※)では、2020年に約2万1,300人(うち、旧福島町約2,400人、旧鷹島町約1,700人)あった松浦市の人口は、2030年には約1万7,400人(同、約2,000人、約1,200人)、2040年には約1万3,900人(同、約1,500人、約800人)、そして2050年には約1万800人(同、約1,100人、約500人)にまで減少するものと推計している(図表3)。

※季報「ながさき経済」2022年夏号 ながさき経済 2022年夏号 No386 (nagasaki-ebooks.jp) 

 国勢調査から推計。長崎県全体では、2020年の約131万2千人から2030年は約117万1千人、2040年は 101万6千人、2050年には86万7千人になるものと推計。



 2島とも長崎県本土と陸路でつながっていないことから(※)、生活面でも経済面でも不便さが少なからず存在する。例えば、繁殖和牛の市場(平戸市田平町)への出荷や野菜の集荷所(松浦市志佐町)までの出荷にかかる労力や時間、運賃の負担があげられる。

※鷹島は佐賀県唐津市と、福島は佐賀県伊万里市と、いずれも橋でつながっている。


 その一方で、西九州自動車道を使えば、実は長崎市(車で約120~130分)より福岡に近い(車で約90分、いずれも松浦市HPより)というメリットもあることから、福岡、佐賀との人の行き来は活発だ。鷹島には、元寇に関する遺跡だけでなく、モンゴル村をはじめとした眺望の良いスポットが多いことから、バイクや旧車のツーリングにも人気が高い。ふぐやマグロの養殖でも知られており、島内の各飲食店で提供される海鮮丼の魚島来(おとこ)めしや刺身、アジフライなどの食を求めて訪れる団体・個人客も多い。

 福島についても、元寇遺跡こそみられないが、日本の棚田百選に選定されている「土谷(どや)棚田(たなだ)」は、四季折々の風景が美しく多くの写真家が訪れる撮影スポットであり、秋には火祭りが開催され約3千本のLEDライトにより幻想的な風景が広がる。また、旧福島町時代から自然を生かして全島公園化が進められていたこともあり、最近では九州オルレの松浦・福島コース(トレッキングコース)としても注目されているほか、ペット同伴可能なリゾートタイプのホテルやグランピング施設、オートキャンプ施設も進出している。

土谷棚田

提供:松浦市文化観光課

土谷棚田の夕景

提供:松浦市文化観光課

 今後、西九州自動車道の松浦-平戸間が2025年度に開通予定であるのに加え、既に開通している区間の4車線化や未開通部分の工事も進んでいる。県内外の各方面からのアクセスがよくなることによって、物流の効率化や救急・災害支援の迅速化など生活利便性が向上するとともに、人と物の動きが活発になることが期待される。そこに元寇750年を好機としたネットワークの取組みが加わることで、その動きはより大きなものとなるであろう。


■参考資料など

・松浦市HP

・「松浦市文化財調査報告書 第12集 松浦市鷹島海底遺跡-令和4年度 発掘調査概報-」、2023年、長崎県松浦市教育委員会

・「松浦市の文化財」、松浦市教育委員会

・「meets!まつら」、松浦市

(2024.10.31 宮崎 繁樹)

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