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長崎経済研究所

西九州新幹線開業による交通体系と旅客流動の変化(3)

富山国際大学 現代社会学部

准教授 大谷 友男

5.二次交通の状況

MaaSを活用して二次交通の利用促進

 新幹線開業に伴う交通体系の変化に関しては、都市間輸送だけでなく、新幹線駅から沿線外を結ぶ二次交通の整備も重要視され、西九州新幹線沿線でもその整備が図られている。

 長崎県では、二次交通MAP「駅からNavi」を作成・配布し、各社の主要路線や割引切符、乗り放題切符などの情報を提供しているほか、2022年4月には県内の交通事業者などが中心となって「長崎県MaaS実行委員会」を設立し、九州で導入が広がっているMaaSアプリ「my route」を利用した経路検索機能の拡充やデジタルチケットの導入を進めている。

 MaaSへの関心は高まってはいるものの、現状ではそれぞれの思惑からアプリが乱立し、旅行者にとっては使い勝手が悪い。そうした中で、長崎県においては九州で浸透しつつあるmy routeが導入されており、他地域から訪れた人でも使い慣れたアプリを利用することができる。

高い乗車率を維持する「ふたつ星4047」

 西九州新幹線開業と同時にデビューしたJR九州のD&S列車「ふたつ星4047」は、武雄温泉と長崎の間を周遊するルートで運行している。車内にはラウンジを構えるほか、車内や途中駅での特産品の販売などもある。どちらの便も約3時間かけて走り、新幹線とは対照的なスローな旅を楽しめる列車である。ふたつ星4047は、金~月曜日と祝日を中心とした運行となっているが、2022年度の乗車率は93%、23年度も90%前後の乗車率で推移しており、人気の列車となっている。

写真 ふたつ星4047

長崎駅にて筆者撮影

空港・新幹線・ICを結ぶ「おおむらかもめライナー」

 大村市は、長崎空港、新大村駅、大村ICといった交通の要衝が集まる地域特性を生かして、これらの3拠点を乗合タクシーで結ぶ「おおむらかもめライナー」を西九州新幹線開業日から実証運行している(図5)。

図5 新大村駅、長崎空港の位置とおおむらかもめライナーのルート

資料)ヒアリング等をもとに地理院地図VECTORより筆者作成

 料金は1人500円(新大村駅~大村ICは200円)で、新大村駅~長崎空港をタクシーで移動した場合、2,000円以上かかるのに比べて大幅に割安な価格となっている。長崎空港方面へは8~20時、新大村駅・大村IC方面へは9~22時までおよそ1時間に1本の頻度で運行(ただし発車30分前までの予約が必要)している。

 おおむらかもめライナーは、運行開始から2023年7月までの約10か月間に3,024便・4,892人の利用があった。利用が多いのは新大村駅~長崎空港間で、新大村駅から長崎空港が1,775便、長崎空港から新大村駅が1,047便で9割以上を占めている。

 利用者アンケートによれば、客層は50代、40代が大半を占め、男性1人の利用が約4割を占めており、ビジネス利用が多いと考えられる。新大村駅発着前後の出発地・目的地に関しては、武雄温泉や嬉野温泉、佐賀など佐賀県側が多い。長崎空港から長崎市内へは、空港からのリムジンバス(長崎駅まで最速43分、1,200円)があるため、おおむらかもめライナーを利用して新幹線に乗り継ぐといった利用は少ないと考えられる。

 おおむらかもめライナーは価格の安さだけでなく、わかりやすさの面でも評価されているが、実際の費用と利用者負担の差額分を市の予算で賄っていることや、利用者からの予約制に対する抵抗感やバス導入への要望なども踏まえ、2023年10月29日からは西肥バスの長崎空港~佐世保線(12往復)が新大村駅に乗り入れることで、その機能が維持されることとなっている。

乗り捨て利用が目立ったレンタカー

 九州新幹線全線開業時、二次交通の中で活況だったのがレンタカーである。タイムズカー(カーシェア)、タイムズカーレンタル(レンタカー)を運営するタイムズモビリティ(東京都品川区)へのヒアリングによると、開業前後で利用実績は約7割増えたが、新幹線を利用してきた人が増えたというよりはコロナ禍からの回復に負うところが大きかったという。それは、観光地であり、新幹線の終着駅という共通点を持つ長崎と金沢での個人会員の利用状況を比較すると、金沢は県外会員の利用がやや多いのに対し、長崎は県内と県外でほぼ差がないという。こうした傾向の違いも新幹線開業によるインパクトがそれほど大きいと感じにくい背景となっている。

 レンタカーに関しては、長崎で借りて乗り捨て料を払っても武雄で乗り捨てるという使われ方が開業後に増えているという。関東や関西からの観光客が航空機や新幹線で九州へ入り、往路は初めてできた新幹線に乗ってみるが、復路は途中の観光地に立ち寄りながら旅行を楽しんでいると考えられる。

長崎との結びつきが強まる嬉野温泉

 嬉野温泉駅前にオープンした道の駅うれしのまるくへのヒアリングによれば、新幹線開業からの来館者数は月1~1.5万人、平日は200~250人/日、土休日は700人/日で開業からほぼ変わらず推移している。嬉野温泉は夏場の集客が伸び悩む傾向にあるが、夏になっても落ち込みはほとんどなく、堅調に推移しているという。主たる客層は嬉野温泉への観光客であるが、長崎を旅行している客が1dayトリップのような形で新幹線や車で訪れるケースも少なくないという。

 こうした動きは、長崎をベースにしつつ嬉野をプラスする、その逆に嬉野をベースに周辺観光地を巡るといった滞在・周遊型の旅行をしている可能性も考えられる。嬉野温泉は佐賀県内の観光地だけでなく、ハウステンボスや長崎市内などとの関係性の強い観光地ではあったが、新幹線で23分で結ばれるという近接性が、その結びつきをさらに強めていると考えられる。

二次交通の利用促進は交通事業者の努力だけでは困難

 二次交通に関しては、九州新幹線全線開業時や他地域の新幹線開業時にも見られたことだが、開業にあわせて整備されたさまざまな二次交通がその存在をあまり知られることなく、利用の伸び悩みを理由に姿を消していくことも少なくない。それは交通事業者や行政の交通担当部局の努力だけでは利用者にその情報が届きにくいためである。旅行の目的地となるホテル・旅館や観光施設側のアクセス情報は旅行者もチェックをするため、そこからの情報発信が有効であるが、観光事業者側に公共交通活用の意識が乏しいことも多く、これらの情報が発信されていないことが少なくない。

 そのような中で嬉野温泉観光協会のサイトでは、長崎空港から嬉野温泉へのアクセス情報に「おおむらかもめライナー」を紹介している。こうした地域や業界の垣根を超えた利用促進の取り組みは、サービスの維持ひいてはその地域を訪れた人の満足度を向上させることにつながるものであり、こうした動きが広がっていくことが望まれる。

6.通勤・通学利用の可能性と実態

 西九州新幹線は66.0kmという短区間を走る新幹線であり、新幹線がその強みを発揮する200~800kmの距離帯の需要を取り込むことは容易ではない。長崎市は坂の街と称されるように平地が少なく、住宅事情は決して良好とはいえず、諫早市や大村市などの周辺自治体に居住し、長崎市に通う人も少なくない(図6)。そのような中で新幹線を活用した動きとして注目されるのが通勤・通学利用である。

図6 諫早市・大村市から長崎市への通勤・通学者数の推移

資料)総務省「国勢調査」より筆者作成

 JR九州の新幹線通勤・通学定期「エクセルパス」の利用者数(2023年6月末現在)を見ると、利用者が最も多いのは諫早~長崎の147人で、合計で453人となっている(表4)。23年2月末時点での利用者数の合計は318人であり、新幹線通勤・通学は広がりつつあることがうかがえる。在来線時代の諫早~長崎は、最速18分、特急定期券(エクセルパス)は通勤用が1か月2万4,080円で、開業前の利用者数は144人であった。新幹線では所要時間が8分に短縮される一方、定期代は2万8,890円と5千円近く高くなった。とはいえ利用者数は減っておらず、新幹線が支持されている様子がうかがえる。新大村(・大村)に関しては、開業前は快速利用か諫早で特急に乗り換えて40分程度かかったが、新幹線では最速14分に短縮されており、今後の利用増が期待される。

表4 各区間の新幹線定期(新幹線エクセルパス)利用者数と料金

注)定期利用人員は2023年7月末現在
資料)JR九州ホームページより筆者作成

おわりに

 西九州新幹線はコロナ禍により人の往来の劇的な減少からの回復途上で開業した。旅客流動は全国的に回復基調にあるものの、ビジネス利用に関してはオンライン会議の普及もあり、どの地域もコロナ前の水準には戻っておらず、他地域の新幹線開業時と単純比較することは難しい。ただ、西九州新幹線の利用者数は、他路線に比べて伸び幅が大きく、一定の需要喚起がなされたことが認められる。また、開業に伴って長崎や佐賀の露出が増えたことにより来訪者が増えた効果もあった。一方でこうした露出増による効果は長続きしにくいものであり、2年目以降に真価が問われることとなる。観光に関しては、この1年に訪れた人たちをいかにリピーターとして再訪を促すことができるかが重要になろう。

 また、今後の西九州新幹線と地域の将来を考える際に、武雄温泉での乗り換えが必要な現状をどう考えるかは避けて通れない問題である。整備新幹線は、新幹線の建設にあたって生じる多額の建設費の負担や、在来線の経営分離などの利便性低下といったマイナスの影響を受容してでも、新幹線建設による効果がマイナスを上回ると考える「地元」がその整備を望み、収支採算性や投資効果が得られること、営業主体であるJRの同意が得られることで建設の是非が検討されるものである。高速鉄道網の整備を「地元」からの要望に委ねる整備新幹線のスキームの問題がこのような問題の遠因になっているともいえるが、整備新幹線のスキームを変えることは、これまで「地元」が応分の負担をすることで整備されてきた各線とのバランスが崩れるだけでなく、着工に至れないままでいる北陸新幹線の敦賀~新大阪間や、今後の整備を望む東九州や四国などの動向にも影響を及ぼしかねず、現実的ではない。

 であるならば、フル規格整備に関しては「地元」である佐賀県がその建設を望まない以上、進展するものではない。その意味でも現在、国と佐賀県との間で「幅広い協議」が行われているが、その言葉にあるようにフル規格ありきではない西九州の望ましい高速交通体系のあるべき姿を導くことが求められる。そうすることで、これまでいくつもの曲折を乗り越えてきた西九州新幹線を地域に欠かすことのできないインフラとして活用していくことが求められる。

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