長崎県立大学 経営学部
国際経営学科 専任講師 森内 泰
シンガポールの面積は728.3万㎢ (東京23区よりも少し広い)、人口545万人の小さな国ながら、一人当たりの名目GDPは72,795ドルと、日本の39,340ドルよりもはるかに高い。同国は自由貿易を大きな柱にしており、食品分野では果物・野菜、肉、魚などの輸入規制が緩やかなため、日本からの輸出先候補として企業だけでなく自治体の県産品イベントが毎月のように開催されていた。さらに、外資規制も緩やかなことから多くの日本の飲食業がシンガポールへビジネス展開を行ってきている。
シンガポールは新型コロナウイルス感染症に対し、非常に厳しい規制を採用しコントロールを図っていた。2020年4月7日~6月1日の間、学校・オフィス・店舗は基本閉鎖され、飲食店は持ち帰り・デリバリー対応などの部分的ロックダウンが行われた。2022年4月25日まで出社人数の上限が設定されていたことから[1]、経済活動も厳しく制限されていた。新型コロナウイルス感染症の蔓延は、シンガポールのビジネスに大きな影響を与え、閉店を余儀なくされた飲食店も多くある。さらに、出勤抑制は飲食店を含めたビジネスに適用されたため、人数を削減した新たなオペレーションが求められた。
[1] 日本貿易振興機構(ジェトロ) 「屋内のマスク着用を任意に、新型コロナ感染対策を一段と緩和」 (2022年8月26日) https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/08/85956d1cced4e4f8.html 2022年10月25日閲覧
農産物や和牛などの食品輸出先として多くの企業や自治体に注目されていたシンガポールは、新型コロナウイルス感染症の影響を貿易面でどのように受けただろうか。図1に2018年度~2021年度の日本からシンガポール向け牛・豚肉、野菜・果物の形態別輸出額の変動をまとめた。新型コロナウイルスが蔓延した2020年度は冷凍食品の輸出が急増している。部分的ロックダウンの影響から賞味期限の限られている生鮮や乾燥、冷蔵の食品よりも、冷凍や加工などの保存が効くものの需要が増加したことが考えられる。
図1 牛・豚肉、野菜、果物の日本からシンガポール向け輸出額推移
(生鮮・乾燥・冷蔵、冷凍、加工別) (2018年比)
シンガポールの食品市場の現状を、中小企業基盤整備機構やジェトロ、多くの自治体で貿易アドバイザーを務める、株式会社ELN 代表取締役 木下寛子氏に2022年10月21日話を伺った。同社はシンガポールにて現地法人を開設し、ビジネスマッチングや同国での自治体主催の食品イベント、欧州向けのビジネスマッチングを行うなど、新型コロナウイルス感染症が蔓延した2020年以降も多くの中小企業の海外展開支援を手掛けてきた。
木下氏は、コロナ禍でシンガポールの食品ビジネスが大きく変わったことを指摘する。第一に、人と人との接触を避けなければならず、フードデリバリーの需要が増加したことから、セントラルキッチンでの調理が主流となった。このため、加熱処理された加工食品や長期保存のきく冷凍食品を求めるバイヤーが増加した。第二に、出勤制限が課せられたため飲食店が直接輸出者から購入する事例が増加した点である。これまでは輸入会社経由でレストランなどに卸すことが主流であった。しかし、出勤制限の影響から輸入会社を通すと必要な時に食品を手元に入手することができない(担当者と連絡がつかない)弊害が発生するため、レストランが直接購入するほうがオペレーション上得策であるとの判断からである。
貿易統計が表す食品の輸入動向、木下氏の指摘するシンガポールの食品市場変化から、今後のシンガポール向け食品戦略を提示したい。
第一に、レストランや小売店への直接提案である。卸を介在しない食品流通の形態が進みつつある現在、輸出者とレストランや小売店の直接取引が問題なく回り始めると、これまでとは異なるアプローチが求められる。輸出者自身で市場動向を把握し、レストランや小売店向けの提案を自ら行うことが肝要である。
第二に、加工度の高い食材や保存のきく商品の展開を検討することである。冷凍食品の輸出額増加が顕著であることからも、セントラルキッチン向けの加熱処理済み食品や、冷凍でも食味の落ちない食品などを輸出商品として視野にいれる必要が出てきている。
【参考資料】
渡辺直人, 外務省 広報誌,「海外ウォッチャー コロナ禍におけるシンガポール、そして今後を見据えて」
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202109/202109j.pdf
日本貿易振興機構(ジェトロ)「シンガポール:ビジネス活動正常化に向けた基本情報」
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/covid-19/asia/matome/sg.pdf
株式会社ELN
【補足】
長崎県立大学学長プロジェクト(長崎県内企業及び日本企業の海外展開に向けての支援策の利用・効果分析・海外輸出におけるマーケティング戦略分析)の成果普及として寄稿。