※【前編】では、「メタ観光」とは何か、またそのツール「メタ観光マップ」と、メタ観光初のイベント「すみだメタ観光祭」について述べてきた。この【後編】では、メタ観光の推進状況と、その可能性について検証する。
Ⅳ.メタ観光の推進
メタ観光推進機構では、メタ観光の推進には「観光スポットがない、観光施設もない、自分たちのところは魅力がない」などと思っている地域が最も適しているのではと考えていた。つまり、そのようなところに住む人々がいう“魅力”とは、あくまでもその人たちからの視点である。電線や暗渠など、メタ観光ではさまざまな視点から新たな価値を掘り起こすことから、観光で人が訪れないところこそ活用しやすい、と思っていた。ところが、いざその普及に取り組み始めてみると、客観的に十分観光地だと認められている地域からの問い合わせが多かったのである。次にその事例をいくつか紹介する。
1.全国におけるメタ観光事例
(1)熊本県阿蘇市
熊本県阿蘇市は観光地として有名である。同地の観光では、観光ガイドがジオパーク、歴史、自然などと別れており、どのガイドに紹介してもらったかにより、観光客の阿蘇市への印象が全く違ってくるという問題が生じている。同市は、阿蘇の魅力はその独自の歴史を語りつつも、そこにジオパークの視点も入れるなど、複数の視点で語った方が訪れる観光客の満足を得られると考えているが、現状のガイドの在り方では、1つのジャンルしか紹介できていない。
そこで、メタ観光推進機構では、メタ観光でこれら全ての要素を取り込んで可視化することを提案している。観光客は、そのまちの魅力を全部知りたい、また1人のガイドに何でも紹介してもらった方が嬉しいものである。しかし、ガイド側からすると何でも勉強するのは大変、となる。その点、メタ観光マップはガイドにとって便利なツールとなり得る。
(2)沖縄県沖縄市
沖縄市では、既に自分たちでメタ観光マップを作ろうという動きが始まっている。従来日本人観光客が訪れない場所を紹介しようとする取り組みだ。「韓国人が集まる公園」は、家族連れの韓国人が訪れる公園だが、これは公園に子供向けの遊具がない韓国の人にとって、遊具が揃っている日本の公園がもの珍しいことが背景となって集まっている。他にも市民にとっては単に「あの川にはグッピーがいるんだよ」というだけの認識でしかなかった「グッピーがいる川」も紹介しようとしている。日本人や市民の視点では観光スポットにならないものが、観光スポットとなっているのである。
観光客で溢れる沖縄観光の定番、那覇市の国際通りに地元の人の姿は少ない。一方、沖縄市の2つの事例は地元で知られている一方、当然ガイド誌などには掲載されておらず、観光ガイドからの紹介もない。沖縄市としては、海からイメージされるリゾートだけではない、日常の風景が観光をもっと面白くすることにつながると考えており、2023年度は真の沖縄市の姿を観光客に知ってもらうべく、メタ観光推進機構とともにメタ観光を推進することを検討している。
(3)愛媛県松山市
メタ観光推進機構の牧野代表理事は、愛媛県松山市にて2022年6月に開催された「全国商工会議所観光振興大会2022 in えひめ松山」にパネリストとして参加し、メタ観光の有効性を説明した。それを受けて、松山商工会議所の事務局がGoogleマイマップ※を使用した松山市版メタ観光マップを独自に作り上げ、注目を集めた。
※Googleマップ上に、店舗や観光地などのリストを作成したり、ルートを保存したりなど、カスタマイズした地図を自分で作成できるGoogleマップの機能の一つ。
2.観光以外におけるメタ観光の活用
(1)商工会議所とメタ観光
メタ観光には、商工会議所も興味を示している。メタ観光の特徴に、情報が細かいため観光客は主要な観光スポットだけではなく、これまで観光として考えられなかった地域もみて回ることが挙げられるが、そこに、商工会議所の大きな課題「人が来なくなった商店街への集客」についての活用が検討されている。
大型店に客足を奪われ、空き店舗が増えて人が集う場所も無くなり、ますます人通りが少なくなっていく商店街に、イベント以外で客を呼び込もうとアピールしても、人はなかなか動いてはくれない。そこで、メタ観光により商店街周辺を可視化して新たな観光スポットを認識させることにより、自然と人が集まるきっかけにしようという試みである。
メタ観光推進機構は現在、複数の商工会議所から「メタ観光に興味がある」との問い合わせを受けている。商店街周辺の観光スポットに人が訪れると、買い物や食事につながり、商店街への波及効果が期待できる。まちなかの活性化を考える時に、メタ観光による観光スポットの創出が有効な手段となる。
Ⅴ.メタ観光の可能性
1.新たな観光スポットの掘り起こし
これまで、暗渠やドンツキなどのようなところを巡ることは、観光コンテンツとして認識されておらず、そのような見方をする人たちはごく少数で、ニッチな存在だと決めつけられていた。メタ観光は、それらの価値やものの見方を観光のメインコンテンツに引き上げたのである。個人の価値観は多様化しており、すみだメタ観光祭の参加者のなかにも、電線の良さに新たに気が付いた人が現れている。このように、電線が魅力的だと感じる人は実は何十万人、何百万人といるのかもしれない。観光もこのような事実を無視できない状況になっている。
例えば、すみだメタ観光祭で取り上げなかったジャンルに「路上園芸」というものがある。墨田区には長屋が多いが、そこには庭がない。そこで、長屋の前に植物を置く住民が多く、それがもはや、単なる趣味の域を超えて路上植物園のようになっている家もあることから、これを区外の人が見ると凄い装飾だと最近有名になってきている。現代は、このようなまちなか園芸を見に行く時代なのだが、誰もこれが観光コンテンツになるとは気付かないのである。観光は、何を“観光”として見るのかによって変わる。もし、この路上園芸をすみだメタ観光マップに掲載すると、新たな観光スポットとなろう。
2.観光客を受け入れる気持ちを醸成
観光では、人との触れ合いも求められ、地域の人が訪問客を受け入れてくれるのかどうかが重視される。
まちが観光客にとって魅力的に映るためには、住民が魅力的でなければならない。訪れる人を受け入れる気持ちが住民にあるのかどうかが、その地域に対する観光客の印象を大きく変えてしまう。長期滞在や民泊では、まちあるきなどで地域住民との接点がどんどん増えていく。住民が観光客を受け入れたいと思う気持ちが肝要であり、訪れた際の印象次第で観光客はリピーターとなる。
これからの観光では、地域が観光客を受け入れることができる素地をつくることがポイントとなろう。その点、メタ観光では、すみだメタ観光祭でわかるように、住民が地元を再発見してその良さに気付き、訪問客を受け入れる気持ちを醸成することができる。
メタ観光により、地域を観光地として魅力的なところに変えてゆく。究極的には、観光施設がなくても地域住民の対応が良ければ観光客は訪れるのであり、再訪してもらうためには観光客にどれだけ満足度の高い体験をしてもらえるかにかかっている。そのためには、業界の人だけでなく、まちの人にも観光の大切さを理解してもらい、観光客への対応をしっかり行ってもらわなければならない。観光による各種効果(集客数や波及効果等)は、これらのことが成功した後についてくる。
おわりに
メタ観光推進機構によるメタ観光の普及活動は、今年(2023年)の2月と3月に奈良市で開催されるセミナーやワークショップへの参加、さらに、長崎市における再度のアクション予定など、墨田区を皮切りに全国へ展開されている。同機構では、メタ観光に関する情報を全て公開しており、すみだメタ観光祭も、HPに掲載している記事と動画で追体験ができるようにした。さらに、メタ観光マップのデータ構造まで公開しており、技術的なことについてわざわざ機構のスタッフに尋ねなくても、自助努力により同マップを作成できるようにしてある。同機構としては、自分たちが提唱しているこの観光概念が地域振興につながるよう、各地がどんどんトライしてもらいたいと考えており、牧野代表理事は「長崎におけるメタ観光も沖縄市と同様、我々が動く前に自分たちでどんどんやってもらって構わない」と語る。
情報社会における新たな観光の形として提案されている『メタ観光』。現代の観光では、外国人観光客を含めて、何がその人にとっての観光スポットになるのかわからない時代となった。メタ観光の面白さは、他人はこんなことに価値を見出しているのかという、様々な見方を知ることができることにある。価値が多様な今の世の中では、様々な価値を理解しておいた方が面白い。メタ観光のツール「メタ観光マップ」により、これまで観光の要素とは認識されていなかった暗渠やドンツキなど、これらマニアックなものについてもある程度説明可能となる。
牧野代表理事は、長崎居留地まつりに参加する予定であった。理事は「坂道や電線、暗渠、また、暗渠を開渠にしている場所があるなど、長崎市にはメタ観光に引っかかる要素がたくさんあり、メタ観光のまちとして大変面白いところである」と語る。また、長崎市版メタ観光マップの作成については「上記の他、さまざまな切り口、例えばビュースポットや神社の狛犬巡りなどについてのワークショップやモニターツアー等を行い、住民と共に話し合いながら作成していくのがベストである」と語っている。
長崎におけるメタ観光の展開は、まず“長崎らしい魅力とは何か”を深堀りする必要がある。そのまちにしかないものが大事であり、その掘り起こしには、住民を巻き込むことが肝要となる。住民も自分が住んでいるまち「長崎」の良さに自信を持つことで、訪れる人に対して心に残るおもてなしを行うことができるようになるだろう。
(2023.2.24 杉本 士郎)