~国境の島・対馬におけるSDGsの取組み~
はじめに
わが国では、地方における持続可能なまちづくりや地域活性化に向けた取組みにおいて、政策の最適化と地域課題解決の加速化との相乗効果が期待されるSDGs(持続可能な開発目標)の理念を採り入れた「地方創生SDGs」を推進している。
内閣府では、この「地方創生SDGs」の達成に向けて先導的に取り組んでいる地方自治体を、『SDGs未来都市』に選定してその成功事例の普及を促進しているが、ここ長崎県の国境自治体・対馬市も、2020年7月にこの『SDGs未来都市』に選定された。
本稿では、SDGs未来都市・対馬市の“誰一人取り残すことなく、いつまでも安心安全に暮らせる持続可能なしま社会の実現”を目指す取組みについて報告する。
(※文中の表はクリックすると拡大)
Ⅰ.対馬市について
1.国境の島の自治体
対馬市は、日本本土から147㎞、朝鮮半島から49.5㎞に位置しており、全体の約90%が山林で覆われている島・対馬の自治体である。1960年代には7万人近くを数えていた人口も、2020年の国勢調査では28,502人にまで減少しており、市内には高等教育機関がないこともあって、若者のほとんどは中学・高校を卒業すると島を出ていってしまう。当地には、天然記念物のツシマヤマネコなど、固有の生物が数多く生息しており、さらには、住民の慣習や文化についても古くから残る独自のものが存在する。
人口の減少は、対馬の産業基盤となっている自然に対して大きな影響を及ぼしている。わが国の自然には、人の手が加わることで維持されている里地・里山が多い。しかし、人が居なくなると荒廃が進み、シカやイノシシなどが増加してその食害に晒されることになる。現在、対馬ではシカが約42,000 頭生息して山の下草を食い荒らしており、里山が荒れてそこに生息する昆虫や小動物などに大きな影響を与えている。また、それらをエサとするツシマヤマネコへの影響に加えて、山の植物がダメージを受けることにより水源涵養力が低下し、豪雨時には土砂が海に流れ出て濁度の高い水の滞留を招いており、生態系の劣化や養殖業への影響など、生活産業基盤の崩壊も起きている。
これに、従前から大きな課題となっている海ごみ問題が加わる。島の周囲に流れている対馬暖流と、冬季に大陸から強く吹く北西の季節風などにより、対馬は海ごみが溜まりやすい場所である。この問題は深刻化しており、対馬市では毎年環境省の補助事業により、約3億円のコストをかけて、漁民の協力を得ながらかろうじて回収している。
2.SDGsに取り組む島
対馬は、海と山の恵みから社会経済が成り立っている島である。自然環境を大切にすると同時に、独自の文化や慣習も守らなければならず、それらに向き合いながら社会のニーズに合った貢献を行うことで、地域課題を解決する。それはすなわち、世界共通の目標“SDGs”の達成にもつながる。
対馬におけるSDGsは、17の目標のうち、ゴール14の「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」と、ゴール15の「陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、並びに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する」を切り口に推進されている。
Ⅱ.SDGsに基づく地域づくり
1.SDGs未来都市
SDGs未来都市は2022年現在、全国で154の都市が選定されているが、その割合はわが国の47都道府県と1,741の市町村のうち、8.6%に過ぎず、離島の自治体となると、「沖縄県」や架橋により陸続きである「熊本県上天草市」を含めて7都市しかない。このように、選定のハードルは極めて高いものであるが、長崎県では壱岐市も2018年に選定されている。
2. SDGsへの取組み
SDGs未来都市となった対馬市は、SDGsに取り組むための推進体制を固めた(図表1)。
※【図表 1】の解説
②対馬市SDGs未来都市計画
将来のビジョンや、自治体が推進するSDGsの取組み、推進体制といった、SDGs未来都市に関する全体計画を策定。
③対馬市SDGs推進本部
SDGsの達成に向けた方針及び取組みを対馬市役所全庁で共有し、総合的かつ効果的にSDGsを推進するために、横断的な連携による効果的な政策展開を図る部署。市長が本部長を務め、副市長及び教育長が副本部長、市役所の関係部局長が部員として参加。
④対馬市SDGsアドバイザリーボード
SDGs推進本部内に設置。SDGsの総合的かつ効果的な推進に当たり、その達成に向けた課題に対する指導や助言を行うことを目的に、大学や企業、国際機関、メディア、離島振興、地域関係者などの有識者15名で構成。
⑤対馬市SDGs推進室、対馬市SDGs総合研究所
SDGsの総合的推進のために、室長・係長・研究員の4名で構成される「SDGs 推進室」を、しまづくり推進部政策企画課内に設置。「SDGs総合研究所」は、地域の実情に即した調査研究や政策提言等を行う組織で、大学研究者等の客員研究員のみならず、対馬グローカル大学※の市民修了者を“市民研究員”として受け入れている。
※対馬グローカル大学
2020年9月開講。“グローカル”とは、グローバルとローカルを合わせた造語。基本オンライン運営であり、SDGs17の目標のうち4.7「ESD(持続可能な開発のための教育)」を強く意識している。域学連携により、対馬とゆかりのある研究者・専門家・実践家等の協力を仰ぎながら、島内外の研究者・専門家・仲間たちと交流することで、対馬の価値や取り組まなければならない課題を認識する。
⑥対馬市SDGsアクションプラン
SDGsに目標とターゲットはあるが、それらについての細かいルールなどはない。そのため、SDGsの達成に向けたアクションについてはそれぞれ考えなければならず、各目標・ターゲットに取り組む具体的方向性や行動、仕組み、ロードマップなどを共有するための行動計画の策定が必要となる。さらに、地域の現状や潜在的な可能性も踏まえて、将来を見据えた未来を指し示す羅針盤のような役割も求められる。
対馬市では、誰一人取り残されることなく、いつまでも安心安全に暮らし続けられるよう、行政だけでなく、市民と家庭、地域団体や学校、企業などの全員が参加して、協働するきっかけとなるような行動を示した本プランを2022年6月に策定し、これを対馬市におけるSDGs推進の基本方針とした。
Ⅲ.対馬市のSDGs
1.対馬市SDGsアクションプラン
2021年、対馬市はSDGsアクションプランの策定に先立ち、市民や島外の対馬出身者、居住経験者や対馬ファンとともに、SDGs達成に向けて行動するための市民ワークショップをオンラインで3回開催した。
そこで出た意見や、市民アンケートの市民意識に対馬市SDGs アドバイザリーボード委員の専門的な助言を加えて『対馬市SDGsアクションプラン』を作成した。これは、22年5月中旬から6月中旬にかけて実施したパブリックコメントや市議会での説明を経て6月末に策定され、第2章「対馬の持続性を高めるために重点的に取り組む7つのアクションと3つの土台」、第3章「アクションを皆で起こすための仕組み」、第4章「実現に向けたロードマップ」で構成(第1章は、SDGs についての分かりやすい解説)されている。
(1)7つの重点アクションと3つの土台(アクションプラン第2章)
本プランには、SDGs 達成年の2030 年までに、対馬で重点的に取り組む7つの重点アクションが掲げられている(図表2)。
この7つの重点アクションの土台となるのが、次の3点である。
①対馬の島嶼生態系・風土・歴史文化・アイデンティティの保全
対馬には、豊かな自然と水、生物多様性から固有の風土と歴史文化が育まれており、そこから対馬人としてのアイデンティティ、誇りが形成されている。この人と自然、歴史との関わり合いを守ることが、対馬が多くの人々を持続的に魅了し続けることにもつながり、観光交流や移住・定住、島づくりなどへの支援となる。
②SDGs推進の仕組みづくり・人づくり
SDGsのアクションを起こすためには、それを推進する仕組みづくりと担い手づくりが必要である。この仕組みづくりには、ICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)を活用して効果的なプラットフォームを形成し、その各主体のパートナーシップから生まれた具体的なアイデアを実現するための精神(メンタル)面や、金融面における応援体制の構築が急がれる。
③「正義」
2021 年11 月に開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)にて、気候変動で不利益を強いられる側が、その原因である化石燃料を大量に消費してきた側の責任を問い、不公正を正す考え方“気候正義”という概念が注目された。この概念は気候変動に限ったものではなく、平和問題や海洋プラスチックごみ問題にも共通する。対馬がSDGsに努力すると同時に、「正義」を求め続けることが、より多くの共感と協力・参画が得られ、問題解決の力となる。
SDGs 達成年の2030 年、さらにその後も対馬に住み続けるためには、日常生活ではなかなか気づくことがない、都市部の暮らしや海外の社会経済活動による対馬への間接的影響について解決しなければならない。そのためには、海洋プラスチックごみのような、対馬単独では解決できない問題に対する取組みを、都市部や海外にも伝えながら、正義を問い続けることが根本的な解決につながっていく。都市部在住の人々などに対して問題の本質に気づかせることで、行動変容を促すことも対馬の重要な役割である。
(2)皆で起こすアクション(アクションプラン第3章)
対馬市は、SDGsを全島的な取り組みとしていくため、行動を起こすことができる人づくりとして、①「学校におけるSDGs 教育の支援」、②「対馬グローカル大学の運営」、③「気軽に集まり、対話する仕組みづくり」、④「アクションを応援する仕組みづくり」の4つに取り組むとしている。
①学校におけるSDGs 教育の支援
個人と家庭、グループや地域、企業、行政などと、環境・社会・経済をつないでいる「学校」は極めて大きな存在である。新学習指導要領の前文には“持続可能な社会の創り手の育成”が掲げられており、教科書にもSDGs が取り扱われていることから、SDGsの 推進拠点として学校の存在は外せない。こうした教育環境の変化を支えるためにも、総合学習や探究学習等への支援を通じて学校との連携を強め、SDGsの島内への波及と行動の加速を図る。
②対馬グローカル大学の運営
対馬グローカル大学は、「web講義」「オンラインゼミ」「仮想研究室」の3つを柱に、環境・社会・経済をバランスよく学べることが特徴である。いつでも・どこからでも受講可能であり、居住地に関係なく、多世代・多分野の人が集って共に学び合うことができる。同大の受講生は2020 、21 年度とも100名を超えており、島の現状やSDGs などへの理解を深め、解決策を考える機会を受講生に提供している。特にゼミには、市民が主体的に政策を考えていくプロセスに専門家が加わっており、その学び合いや交流がSDGsの推進において重要なパートナーシップの形成につながっている。また、島外からの受講も多く、オンラインと対面による二重の深い学びを通じて、新たな関係人口の創出へも貢献しているなど、対馬のSDGs人材育成の拠点である。
③気軽に集まり、対話する仕組みづくり
SDGs に関心を持つ人々が気軽に集い、対話を楽しみながら学び合うことで行動に移すことができる「SDGsカフェ」(仮)を設置する。また、このカフェでの対話や、対馬グローカル大学の学びから生まれたアイデア・提案を実行に移すために、個人や関係各機関などとの交流とマッチングを促し、提案に賛同して一緒に取り組むパートナーを探す「SDGs 推進プラットフォーム」(仮)の形成が考えられている。
このように、市民の主体性と地域の自立性を尊重しながら、チャレンジを応援する専門家の積極的サポートが得られる体制を整えることで、対馬の未来のために共有される知見と技術を蓄積することができ、革新(オープンイノベーション)をもたらす場としての魅力(求心力)を高めることができる。
④アクションを応援する仕組みづくり
対馬でSDGs に取り組んでいる、あるいはこれから取り組もうとしている人や団体、学校や企業、関係行政機関等を把握し、それらのパートナーシップを形成した上で、各主体のアクションの奨励と後押しを行う「対馬 SDGs パートナー登録制度」(仮)の制定が検討されている。メンタル面を含めた準備やスタート、継続・発展を支えてアクションを加速させる人や団体の確保など“プログラムづくりを進めるためのアクションを応援する仕組みづくり”は、他の SDGs 未来都市でも既に取り組まれている。そこで、このパートナー登録制度やSDGs カフェ、SDGs推進プラットフォームで生まれたアイデアを行動に移すために、SDGs未来都市間のネットワークを活用した交流・意見交換を行いながら、対馬の地域性や課題に合わせた制度設計を行うことが肝要となる。
(3)実現に向けたロードマップ(アクションプラン第4章)
各取組みに関するスケジュールをまとめたのが次の【図表4】である。
2. 2つの宣言
誰一人取り残さず、いつまでも安心安全に暮らせる持続可能なしま社会の実現を目指す対馬市は、前述の『対馬市SDGs アクションプラン』に基づいて、市民や地域団体、企業等と連携した次の2つの宣言を、本年6月14日開催の対馬市議会定例会に上程して、可決された。
(1)ごみゼロアイランド対馬宣言
ごみのポイ捨てや不法投棄の防止等を実施し、「島内で生じるごみ」と「島外から流れつく海ごみ」の両方のアプローチからごみの発生抑制に努めるなど、ごみをゼロにする不断のチャレンジを進めることで、対馬と日本、美しい地球の自然を未来へつなぐことを内外に表明した(図表5)。
(2) 気候危機を回避して持続可能なしまの実現を目指す宣言
2050年脱炭素に向けた国際社会の気候変動対策に協調して、温室効果ガスの削減と吸収による気候変動の「緩和策」と、既に起きている気候変動による影響を和らげる、あるいは起こり得る影響を回避する「適応策」の両方からアプローチする気候変動対策に、不断のチャレンジを行うことを内外に表明した(図表6)。
Ⅳ.SDGsが対馬にもたらす効果
1.関わりがなかった企業との連携が実現
海洋プラスチックごみ問題などをはじめとする地球規模の地域課題解決には、企業との連携が必要不可欠となる。対馬市では、SDGS未来都市選定を契機に、SDGsの活動について企業との連携を拡げている(図表7)が、このような連携では多くの場合、その地が当該企業の発祥の地である、あるいは、経営者が当地の出身であるなど、もともと企業と何らかの繋がりがある場合が多い。しかし、対馬市の場合、そのような“縁”のようなものはなく、企業がSDGsに取り組む過程で対馬市に注目し、ともにSDGsの達成に向けて連携しているのが大きな特徴である。
2.財政面への貢献
わが国では、プラスチックの商流全てにおける資源の循環などの取組みを促進するための法律「プラスチック資源循環促進法」が2022年4月に施行された。この法律は、プラスチック製品の設計から廃棄までの一連の流れに関わりある全ての事業者や自治体、消費者の相互連携によって、国内プラスチックの資源循環の相乗効果を高めていくことを目的としており、その対象は工場などの生産者だけにとどまらず、店舗などの販売業者や、製品の設計を行う事業者も含まれる。また、対象となる商品は、容器や包装なども含めたプラスチック製品全般となっており、関連企業にとっては、同法律の施行が今後の企業活動に大きな影響を及ぼすことになる。
この法律を遵守するために、環境問題に取り組まざるを得なくなった企業にとって、海ごみに悩まされ、かつSDGsに積極的に取り組んでいる対馬の存在がクローズアップされている。地方創生応援税、いわゆる企業版ふるさと納税では、【図表7】掲載のアスクル株式会社やサラヤ株式会社をはじめ、島内で真珠養殖を営んでいる地元・長崎県の金子真珠養殖株式会社などが納税している。また、2008年に1万円の寄付から始まった天然記念物・ツシマヤマネコの保護や自然環境を守る取組みへの寄付「ツシマヤマネコ基金」への支援額も、近年は毎年100万円を超えており、多い年には1,000万円超となっている。
対馬ファンからのふるさと納税を含めたこれらの財源は、海ごみ対策事業や対馬グローカル大学の運営など対馬のブランド価値の向上を図る原資となっており、交流人口の拡大などへの貢献が期待される。
3.循環経済の創出
対馬市は、“環境第一” をアピールしやすい自治体である。対馬の環境に影響を及ぼしているのは外的要因であり、都市部の企業がその一因になっている側面もあることから、対馬の環境問題やSDGsについて島外企業を巻き込みやすい。また、世界共通言語である“SDGs”に取り組んでいかねばならない企業としても、対馬に貢献することで自身の価値を高めることができる。これには企業経営者の強い思いが必要となるが、企業も自らSDGsに関する研究を行い、情報発信を行うことがSDGsの推進ポイントとなる。
これらを踏まえて、対馬市SDGs推進室の前田剛氏は「海ごみに悩まされ続けている対馬では、企業との連携を行うことで、天然資源の投入量と廃棄物の発生を最小化するサーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行、資源循環を成長分野として投資できる環境の整備、消費者のライフスタイルの変革を促すなど、「環境」と「社会」、「経済」が統合した循環経済を創出できる可能がある」と語っている。
おわりに
これからの自治体経営では、気候変動への対処など直面する諸課題について、SDGsの視点で取り組んでいくことを念頭に置く必要がある。その点、対馬市は、SDGs推進本部を中心に据え、アクションプランを策定して具体的な道筋を内外に示し、対馬グローカル大学では人材育成に、SDGs推進室では具体的行動に取り組むなど、今後『SGDs未来都市・対馬』であり続けるという決意がうかがえる。
「誰一人取り残さない島」という、SDGsの視点を地域づくりに取り入れた対馬市。この言葉の実現のためには、近年顕著な地球温暖化問題をはじめ、身近にある海ごみ問題など、数々の課題に毅然と向き合っていかなければならないが、このようなグローバルな課題に島の自治体だけで対処するには限界がある。SDGs推進室の前田氏の言葉にもあるように、企業との連携を実現させて、それを拡大することによりSDGsに対する取組みを継続し、島内への資本誘導や交流・定住人口の拡大につなげるという、「環境」・「社会」・「経済」が統合した循環経済を確立させることは、対馬が将来も生き残る地域となる有効な手段であるといえよう。
(2022.10.07 杉本士郎)