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長崎経済研究所

レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)について考える<前編>

はじめに


 近年、自然環境を保全し地域社会の歴史・文化に配慮する「持続可能な観光」(サスティナブルツーリズム)という概念が広まってきている。豊かな自然と歴史文化がもたらす多様な観光資源を持つ長崎も関心をもって取り組むべきことであろう。

 そこで本稿では、「持続可能な観光」、および、その実現のために観光者に責任ある意識や行動を求める「レスポンシブルツーリズム」という考え方についてとりあげたい。


日本遺産「国境の島 壱岐・対馬・五島 ~古代からの架け橋~」の構成文化財である「金田城跡」の金田城登山道(対馬市)。出所:(一社)長崎県観光連盟。


1.なぜ「持続可能な観光」が求められるのか


(1)「持続可能な観光」とは

 「持続可能な観光」は、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」(国連世界観光機構=UNWTO、駐日事務所)と定義される。ここでは、観光が、その地の観光資源の魅力を保ちそこに住む人々の社会生活の質を落とすことなく、地域のためになるように行われることと解釈して話を進めたい。


(2)「持続可能な観光」が求められる背景

①観光の形態や目的志向の変化

 「持続可能な観光」という概念は1990年頃から唱えられるようになった。その背景には観光の目的や形態の変化がある。たとえば、「団体旅行」から「個人旅行」へ、「見る観光」から「体験・感動型の観光」へ。そこではエコツーリズムやグリーンツーリズム、ジオツーリズム(※1)など自然に触れる観光の広まりがみられた。

 これらは、自然を楽しみ地域社会に触れるものである分、環境破壊につながりかねないという矛盾をはらんでいる。そこにSDGsの潮流も相まって環境保護への関心が高まり、地域社会や経済への配慮という考え方にまで広がったものと考えられる。


※1 ジオツーリズムとは、「ジオパークをはじめとする地域で、地質的遺産や地形、地質のうえに成り立ち形成されてきた文化や歴史を『大地の遺産』と位置づけ、地域の人びとと触れ合う観光」(深見聡「ジオツーリズムとエコツーリズム」、古今書院、2014年)を指す。長崎県内では、島原半島がユネスコ世界ジオパーク、五島列島(下五島エリア)が日本ジオパークに認定されている。


②オーバーツーリズム

 さらに直接的には、人気観光地がオーバーツーリズム(※2)に陥ったことや、2020年以降のコロナ禍により人流が時としてリスクをはらむことを経験したことから、観光に対する忌避感がみられるようになったことも後押ししたであろう。

 その例として、合掌造りの家々が並ぶ世界遺産の「白川郷」(岐阜県白川村)がある。人口わずか1,500人ほどの村に、コロナ禍前、年間170万人超、2019年は215万人が訪れたことから、ゴミ、騒音、交通渋滞、私有地への侵入など地域社会に悪影響を及ぼした(現在は改善に向かっている)。

 同様のことは、有名どころ以外の、観光地として十分整備されていないところでもみられるようになった。この現象はSNSによる情報の拡散により、より顕著になってきている。


白川郷。出所:photoAC。

 
 その反省から、国の「第4次観光立国推進基本計画(2023~25年度)」(以下、観光基本計画)は「持続可能な観光」をキーワードとして重視し、客数だけに依存せずに自然や文化の保全と観光を両立させることを目指すこととしている。


※2 オーバーツーリズムとは、「特定の観光地において、訪問客の著しい増加等が、市民生活や自然環境、景観等に対する負の影響を受忍できない程度にもたらしたり、旅行者にとっても満足度を大幅に低下させたりするような観光の状況」(「持続可能な観光先進国に向けて」、2019.6.10、観光庁)をいう。訪れる人にとっても、住む人にとってもまちの魅力の減退を感じる状態である。


2.観光を持続可能なものにするための取組み

(1)「量」の管理 

 観光を持続可能なものにするために「量」と「質」の両面から考えてみよう。まず、「量」の面では、観光地(自治体、観光関連事業者・団体、地域住民など、以下同じ)による量的規制と分散、たとえば、入場制限、有料化、予約制、時間制限や、混雑状況の可視化、住民優先通行、ライド&パークなどの対策がある。これらは白川郷をはじめ各地で行われている(図表1)が、任意で協力を求めるケースが多く実効性はまちまちである。


 規制よる入込減を忌避する向きもあろうが、入込をキャパシティ相応に絞り込むことによって提供するサービスの質を維持向上させれば、利用者の満足感は高まるであろう。規制という一見マイナスにみえることも、ブランドイメージを高めることにつながるのではないだろうか。

(2)「質」の啓発

 「質」の面からの対策として注目したいのが、観光者に責任ある意識と行動を求める「レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)」である。


3.良き観光者たることを求める「レスポンシブルツーリズム」


(1)「レスポンシブルツーリズム」の考え方

 「レスポンシブルツーリズム」を直訳すると「責任ある観光」であるが、米国ハワイ州観光局のサイト「マラマハワイ(マラマ=ハワイの言葉で‘思いやりの心’)」(日本語版)がわかりやすく表現しているのでみてみよう。

 「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)とは、観光客もツーリズムを構成する要素であると捉え、観光客が意識や行動に責任を持つことで、より良い観光地形成を行っていこうという考え方であり、自分の行動が地域や環境へ負荷を与えてしまうかも知れないことを認識し、自律した行動を実践していく、これからの観光のカタチです。近年、観光地で起きている環境問題や住民とのトラブル、2015年より始まったSDGsの取り組み、2020年の新型コロナウイルスのパンデミックの影響など受け、世界の観光産業はレスポンシブル・ツーリズムの方向へ舵を切る動きが急速に広がっています。」


(2)求められる「責任ある観光」とは

 それでは、具体的にどのような考え方や行動が求められるのだろうか。

UNWTO駐日事務所のHPより   

 まず、UNWTOは「責任ある旅行者になるためのヒント」として次のことをあげている。

(ⅰ)旅先に住む人々に敬意を払い、地球上の私達の共有遺産を大切にしよう

(ⅱ)私達の地球を守ろう

(ⅲ)地域経済をサポートしよう

(ⅳ)安全な旅をしよう

(ⅴ)旅先の情報に通じた旅人になろう

(ⅵ)デジタルプラットフォームをうまく活用しよう

つまり、わたしたちに「良き観光者」たることを求めているといえるだろう。


②フィンランド政府観光局のHPより

 次に、観光地側の発信事例として、フィンランド政府観光局が柔らかい言葉で「サステナブルな旅のためのアドバイス11選」を示しているので一部紹介しよう(図表2)。


③米国ハワイ州観光局のHPより

 米国ハワイ州観光局の「旅行者にもできる5つの行動」からも一部紹介しよう(図表3)。


4.「レスポンシブルツーリズム」の意識の醸成


(1)観光の意識の醸成

①観光者の認識の転換

 ここまで見てきたように、「レスポンシブルツーリズム」は何も特別なことではないものの、わたしたち観光者は次のように認識を転換させる必要がありそうである。

(ⅰ)まずは、自分の行動が環境に負荷を与えるかもしれないことを認識し、その負荷をなるべく軽減       するよう配慮することが求められる。

(ⅱ)国の内外を問わず訪問先の文化や習慣の違いを認識し、敬意を払い受容する姿勢が必要である。 

(ⅲ)自然を楽しむにも、テーマパークに入場料を支払うように多少お金がかかるものだと認識する必要がある。

(ⅳ)訪れる人にとっては観光の対象であっても、そこに住む人にとっては生活の場であり大切な資産であることを心に留めておくべきである。


②観光教育

 そのような意識を子どもの頃から醸成するためには観光教育が大切である。現在の観光教育は、主に「総合的な学習(探究)の時間」(小中学校は「学習」、高校は「探究」)で、たとえば、自分たちのまちの良いところを見つけよう、どうすればそれを他所の人に伝えられるだろうといった内容で、観光が持つ楽しさを生かした体験型フィールド学習として行われている。このような教育は、学校・教員のスキルや関心の度合いによって取組状況に差があることから、有識者による出前授業も行われている(図表4)。



 一方、高校商業科や大学では、誘客や地域振興、ホスピタリティや接遇といった人材育成などに重点が置かれていたが、最近はSDGsの学びを修学旅行(教育旅行)に組み込むなど多様化してきている。また2022年度より「地理総合」が必修となったことにより、多くの生徒が持続可能な地域づくりや文化の多様性、国際理解について学ぶことになる。さらに選択科目「地理探求」には観光に関する学習も含まれる。


はじめて学ぶ観光副読本「観光でまちを元気に!」日本・ふるさと再発見。出所:(公社)日本観光振興協会。


(2)観光の意識の醸成

 観光地が観光振興を考える際に、誘客と接遇に主眼を置くのは当然であるが、そこに「レスポンシブルツーリズム」の要素を加えたい。これには、観光者に良き観光者たることを求めることと、良き観光者からの期待に応えるという二つの意味がある。


①良き観光者たることを求める

 良き観光者たることを求めようといっても、観光地は逡巡するかもしれない。そもそもマナーを守りましょうというのは、いわば当たり前のことであり、ましてや、相手はお客である。しかし、観光者と観光地は対等であり、相互理解により観光が持続可能なものになる。これまでの「一人でも多くの人に来てもらいたい」という考え方から、合理的な理由を基に「このような人に来てもらいたい」と主張する時代に移ってきている。近視眼的にはマイナスにみえるかもしれないが、中長期的には観光の足腰を強くするはずである。


②観光者のレスポンシビリティに応える

 観光地には、良き観光者からの期待に応える姿勢や態勢づくりが必要だ。ポイントは、   

(ⅰ)共有遺産の保全や環境負荷の軽減に取り組んでいる姿を見せる

(ⅱ)観光者に求めるルールについて、理由も含めてわかりやすく周知する

(ⅲ)観光者が観光地の経済をサポートするための情報と場所を提供する

ということになろうか。

 すべての前提となるのは、どのような観光地にしたいかというデザインを描くことであろう。そのうえで地域として統一感のある対応をとることが望ましい(図表5)。そのようにブランディングされたまちでは、観光者も自然とそれに倣うことが期待される。整理整頓された部屋に入った人は、整理整頓してそこを出るものである。

 ※参考図書等は後編に記載

(2023.5.31 宮崎 繁樹)




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