大瀬崎断崖(灯台)
出所:(一社)長崎県観光連盟
いま長崎県の各地では、人口減少による活力低下が懸念され、各自治体はその対策に力を注いでいる。その中にあって毎年多くの移住者を受け入れている五島市は、観光やスマートアイランド構想、再生可能エネルギーへの取組みなど地域活性化の動きが注目されている。
五島市は4年連続で200人を超える移住者を受け入れている(市の相談窓口を利用した人数)。これは県内上位の数字だ(2021年度は226人で県内3位)。2021年度の相談件数は500件を超え、今年も8月末現在で約240件にのぼる。特に30歳代以下の移住が多く、定着率は8割を超えている。
五島が選ばれる理由はいくつかあるだろうが、ベースは温暖な気候のもと自然豊かでありながら日常生活に不自由しない商業集積や医療、教育もあるという生活環境であろう。
しかし、それだけの理由でこれだけの数の人が移住するものではない。大きな理由は、相談・受入態勢が充実していることであろう。五島市の移住相談窓口(空き家担当含む)は7人体制でそのうち4人は移住者であることから、親身かつきめ細やかな対応が好評だ。気軽に相談できるよう、2020年から市公式LINEの中に設けた移住相談用のチャットでも24時間対応しており、これまで400人超に利用されている。
移住促進サイト「五島やけんよか!」
出所:五島市
各種支援制度も整っている。なかでも奨学金返済助成は、35歳未満を対象にUターン者は最大で年間36万円、償還開始から10年で最大360万円(※諸条件あり)と手厚い。そのほかにも、空き家リフォーム助成、子育て世帯引越し補助、短期滞在住宅、空き家バンクなど充実している。
近年増えているワーケーションにも取り組んでいる。五島市が主催するワーケーションイベントが好評で、宿泊による経済効果に加え、イベントをきっかけにした4社6名の創業など成果が上がっている。2020年度以降、コワーキングスペースは7か所(累計で9か所)開設された。
移住者が増えワーケーションが浸透するとともに、新しいカフェやショップも見られるようになってきて、移住者と地元住民が融合しながら地域を活性化する動きも見られる。
*ワーケーション…Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語。テレワーク等を活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすこと。
*コワーキング…働く場所に縛られない人たちが、事務所スペース、会議室、打ち合わせスペースなどを共有しながら仕事を行うこと。
雇用の場の創出も進んでいる。長崎県産業振興財団等との連携により、オフィス系企業など5社の誘致が実現した。また、有人国境離島法に基づく補助事業を活用して194件の事業が実施され、そこで創出された537人の雇用のうち127人は移住者だ。
有人国境離島法(2018年4月公布、2019年4月施行、10年間の時限立法)は、国境に接する離島に人が継続して居住できるよう国が積極的に関与し、我が国の領海や排他的経済水域を保全することを目的としている。五島市では、同法に基づいて創設された交付金制度により、島民の航路航空運賃の低廉化、輸送コスト支援、滞在型観光の推進、創業・事業拡大支援などによる雇用機会の拡充についての支援を進めている。この事業が雇用の創出や移住者の増加につながり、人口の社会減を一定程度抑制しているものと考えられる。
雇用の場のひとつとして、「五島市地域づくり事業協同組合」(五島市東浜町、清瀧誠司理事長=福江商工会議所会頭)にも注目したい。これは、2020年に施行された「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」に基づく県内初(九州初)、全国的にみても先駆的な取組みである。
仕組みはこうだ。同組合が正社員として雇用した従業員を、労働力を一定期間必要とする組合員企業に派遣する。求職者からみれば、身分・待遇(収入)が安定していて、いろいろな仕事を経験することができる。一方、組合員企業にとっては、常時雇用する必要がないことから人件費や労務関係の事務が軽減される。
運営経費の 2 分の 1 については国・市から助成を受ける。会員企業は 20 社で業種は多様だ。2022 年 6 月までに 10 名を採用しておりほとんどが UI ターン者である。
実績が上がっているのは、組合の理事長以下役員に商工会議所の会頭・役員が就いていることや、組合員企業で労働派遣法による許可を取得している有限会社イー・ウィンド(五島市富江町、橋本武敏社長)が事務局を運営することにより組織として強化されていることが大きな要因であろう。
五島市地域づくり事業協同組合の仕組み
出所:五島市地域づくり事業協同組合
五島には、雄大な自然と、大陸との懸け橋となった歴史がある。これは大きな観光資源だ。
自然に着目すると、「五島列島(下五島エリア)ジオパーク」として今年、貴重な地形や地質が残る自然公園「日本ジオパーク」に認定された。もともと大瀬崎断崖や鬼岳・鎧瀬溶岩海岸などで人気があった自然観光に学術的裏付けも加わったことになる。注目度が増している今、島内では教育や観光を通して地域の価値を周知し発信しようという気運が高まっている。
歴史に目を向けると、古代から大陸とのつながりがあった五島市には、日本遺産「国境の島 壱岐・対馬・五島~古代からの架け橋~」の構成文化財が4か所-三井楽(みみらくのしま)・明星院本堂・ともづな石・大宝寺-ある。日本遺産は、歴史的・文化的価値のあるものを活用して地域を活性化させることを目的としているもので、特にこの4か所は遣唐使船や空海にゆかりのあるストーリー性を感じさせる。
明星院
出所:(一社)長崎県観光連盟
近年注目されているのは、世界文化遺産であろう。禁教時代の長崎と天草地方において、既存の社会や宗教とも共生しつつ密かに継続した「潜伏キリシタン」の伝統を物語る稀有な物証として、2018年、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が認定された。五島市における構成資産である「久賀島の集落」、「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」をはじめとする教会やその他関連スポットをつなぐ「教会巡り」「巡礼の道」には、国内外を問わず多くの観光客が訪れている。
江上天主堂
出所:(一社)長崎県観光連盟
アートと歴史がコラボレーションした「山本二三美術館」(五島市武家屋敷、戸村浩志館長)も五島ならではの存在だろう。「天空の城ラピュタ」「火垂るの墓」など数々の名作アニメーションに美術監督として携わった山本二三氏が五島出身であることからつくられた美術館で、石田城跡(現・五島高校)そばの武家屋敷通りに立地している。建物は1863年に建てられた武家屋敷「松園邸」(市文化財)を改修したもので、館内には、山本氏の描いたアニメーションの背景画や、故郷を描くライフワークの作品群「五島百景」、再現アトリエなどを展示している。
コロナ前は年間1万人ほどの来場者があり、7~8割は県外客で男性の方が多いのが特徴だ。来場者からは「ジブリファンのため足を運んだ」、「展示してある五島百景が今見てきた風景そのままで、美しさと繊細さに驚いた」、「静かで落ち着きのある空間で鑑賞できたので癒された」などの感想が寄せられている。同館では、オンラインショッピングで全国のアニメファンに向けた商品を販売しているほか、島内では「五島百景」の一部作品を展示する出張美術館を開催するなど五島の人に作品を楽しんでもらう取組みを進めている。この美術館が日本全国、そして海外の人々が五島を訪れるきっかけになることを期待したい。
新しい観光素材になることが期待されるものに、今年10月から始まったNHKの連続テレビ小説「舞いあがれ!」がある。五島列島が舞台の一つになっていて、五島の空を舞う「ばらもん凧」に魅せられた主人公が空に憧れてパイロットの夢に向かって厳しい道のりを歩んでいく…というストーリーだ。
地元では、「舞いあがれ!五島推進協議会」を設立し気運醸成を図っている。同協議会による公式ロゴ使用説明会には50を超える事業者が参加し既に使用申請した事業者もある。五島でのロケも行われて130人を超える地元住民がエキストラとして参加した。この機会を五島の知名度向上につなげたいところである。
ばらもん凧
出所:五島市HP
五島にはほかにもたくさんの観光資源がある。たとえば、洋上風力発電施設の視察ツアーは五島ならではのものだ。星空ナイトツアーやグランピングなど自然を満喫する楽しみもある。今夏には、富裕層をターゲットにしたリゾートタイプのホテルやワーケーションも視野に入れた滞在型ホテルが立て続けに開業し注目されている。
五島市では、旅行業者向けのツアーには必ず地元業者を加えて、ツアー組成やガイドのノウハウの蓄積を図るなど、地元の旅行・観光関連業者の育成にも力を入れている。
(2022.10.5 宮崎繁樹)