長崎県は全国有数の水産県である。魚種が豊富で天然もの、養殖ものいずれも全国トップレベルの生産量を誇るものが多い。養殖ものの代表的存在がマグロである。1990年代に対馬から始まったマグロの養殖は五島や県北に広がり今やその生産量は日本一となった。本稿では、その魁となった「トロの華生産協業体」の中心的存在である株式会社西山水産(対馬市、西山文利社長)を紹介したい。
※長崎県の出荷重量は5,565tで全国(18,609t)の3割を占め第1位(「令和2年における国内のクロマグロ養殖実績について」水産庁)。
※以下、とくに断らない限りマグロ=クロマグロを指す。
生簀から引き上げられたマグロ「トロの華」。このマグロは50~60kg。
西山社長は対馬の出身で、地元である美津島町尾崎地区を拠点に定置網漁業やハマチ、マダイ、トラフグなどの養殖に携わっていた。やがて魚価の低迷や燃料の高騰などにより水産業全体が低迷してきていた頃、他県のマグロ養殖業者から尾崎漁協(現在は美津島町漁協尾崎支所、以下、漁協)に対して、対馬近海で捕れるヨコワ(マグロの幼魚)が欲しいという話があったことをきっかけに、1997年(平成9年)、マグロ養殖への関わりが始まった。
それは、対馬近海で採捕したヨコワを、本格的に活込む(養殖するための生簀に入れること)までの3ヶ月ほど中間飼育するという仕事であった。西山社長はその事業を約2年間請け負って、対馬でもマグロ養殖がやれるのではないかと考え、1999年(平成11年)に自身でも養殖を始めるようになった。やがて、2001年(平成13年)に漁協の生産者6人(経営体)により、県のブランド創出事業を利用して「トロの華」をブランド名(商標登録)とした「トロの華生産協業体(以下、協業体)」を結成、国から中核的漁業者協業体として認定された。
その時の6経営体のうち、申請者の年齢条件を満たして一番若かった西山社長が役所や水産関係者との打ち合わせなどをすることになった。西山社長は慣れない仕事に戸惑ったものの、このことで関係者と人脈を築いたことは後々の財産になっていく。
協議体では「トロの華」の品質を向上させるために、築地市場(当時)の仲卸業者の意見を聞いたり、県水産業普及指導センター等の研究機関の知見を学んだりすることによって、肉質を改善しプロに認められるようになっていった。また、各地の即売会等におけるマグロ解体ショーに出演し西山社長自らマグロを捌いたり、観客に説明したりとPRに努め、刺身の試食により一般消費者にもトロの華の美味しさを知ってもらった。
マグロ解体ショーの様子
「トロの華」は、概ね30kg~80kgになって出荷される。対馬の潮は流れが速いため肉質が鍛えられて身が締まり赤身とトロがはっきりして美味しいと市場関係者に高評価を得ている。
「トロの華」は、対馬近海で500g~2kgのヨコワを一本釣り(曳き縄)して生簀で3~5年育ててから出荷する。ここには、ヨコワ漁に携わる地元対馬の漁業者と共存共栄していきたいとの思いがある。また、一本釣りは捕りすぎることがなく資源に与える負荷が少ないという長所がある。
過剰な脂質を抑制するための給餌法など飼育管理法を協業体内で共有し、餌(新鮮な生魚)や養殖方法を統一することで生産者間のばらつきを抑えて品質の均一化を図っている。
陸揚げにあたっては、マグロに与えるストレスが少ないように一尾一尾を電気銛で捕獲、クレーンで引き上げてから、エラや横腹を切って血抜き、脳天から細いワイヤーを差し込んで神経抜きを行い、痛みやすいエラと内臓を取り除いて氷水に入れる。この作業は品質保持のため海から引き上げて1~2分程度で素早く行われる。
マグロ養殖の経営体は、大手水産会社や商社主導によるものと、地元漁協や中小水産業者によるものがある。多くは前者であるが、「トロの華」は後者である。個々の経営体は小規模であるが協業体(現在9経営体)とすることで安定供給が可能となり大口需要にも対応できる。
漁協が受注と出荷の窓口となり、関東・関西を中心に日本各地に配送される。トレーサビリティ(流通経路の証明)を導入しているため、安全面の信頼性も高い。
ここ5年間の協業体の生産は年間おおよそ12億円~15億円、400t~560t程度で推移している。
協業体の生簀の遠景。直径約20mの生簀が100基あまりある。
協業体は、この事業の先駆者として県内の養殖マグロの普及、振興にも寄与している。県内の養殖業者の視察研修を受け入れ、ノウハウを波及させた。同業者でつくった長崎県マグロ養殖協議会の活動においても、講演会や品評会、マグロの解体ショーや試食会など、プロだけでなく一般消費者に長崎のマグロを知ってもらおうと活動している。
また、協業体ではこれまで30人超の雇用を生んできた。雇用の場が少ない対馬において雇用創出に大いに貢献しているといえるだろう。
このような活動が地域振興に貢献したとして、協業体は、平成28年度「ながさき水産業大賞」において県知事賞を受賞した。
品評会に出品された刺身
品評会に出品されたブロック
わが国においては、1997年(平成9年)1月から漁獲可能量(TAC)制度によるマグロの資源管理が行われ、各県において漁獲可能量が管理されている。養殖についても、養殖実績(養殖施設の設置状況、種苗の入手先、活込み状況、移送状況および出荷状況)の報告が義務付けられているほか、養殖場の数や生簀の規模を基準以上に拡大しないよう規制がある(人工種苗向けの漁場は適用外)。
上述した生簀の規模の規制において人工種苗向けが対象外となっているように、国は天然種苗から人工種苗への転換を促しているが、人工種苗には生存率の向上という課題がある。養殖技術の向上に取り組んでいるが一朝一夕には進まないのが現状だ。また、ヨコワ漁の漁業者との共存共栄を望む西山社長にとっては難しい問題である。
餌については、生産コスト削減や身質統一、環境負荷軽減を図るため、生餌から配合飼料への転換が進められている。西山水産ではこれまでサバなどの生魚を餌としてきたが、一昨年15kg1,400円~1,500円だったサバが2,000円に高騰し収益を圧迫したため、安価な魚種をミンチ化(モイストペレット)し生簀に投げ込むやり方を導入した。対馬市雇用機会拡充事業補助金(令和元年度から継続事業)に採択され、給餌用の作業船及び造粒機を導入、その機械の操作の熟練者を中途採用した。大きな投資となるが、コスト削減により10年後に勝ち組になろうと取り組んでいる。
給餌の様子。ミンチ化した餌を生簀内に発射。空中に浮いて見えるのが餌。マグロが海面近くに集まり水しぶきを起こしている。
さらに近年、農水省はスマート水産業の取り組みとして、ICTを駆使した水質管理や養殖魚の成長データ、給餌量、餌コスト等のデータ化による効率的、安定的な養殖業を目指している。このように業界を取り巻く環境が変わっていくなか、地形的条件だけでは将来に渡り有利である保証はない。西山社長は、今後も養殖の生産拠点として確固たる地位を保つために、品質や安全性と効率性、安定供給を両立させながら、「トロの華」のブランド力をどのように磨き発信していくかを考えながら取り組んでいるところである。
いま西山社長が強く感じていることは、農林水産業の重要性である。とくにコロナ禍によりマスク不足やワクチン供給の遅れを体験するなか、これがマスクでなく食料だったらどうなるのか、と国内における安定した食料供給の大切さをより実感するようになった。このことは若い人たち、子どもたちに伝えていきたいと考えている。
幸い、協業体では次世代への技術の承継が進みつつある。西山社長は、若い彼らがマグロ養殖という事業をこれまでの実績をもとにさらに成長させていくことを期待している。
-企業概要- 株式会社西山水産 代表取締役社長 西山文利 住所:対馬市美津島町尾崎517-2 電話:0920-53-2022 事業内容:養殖マグロ、定置網漁 -養殖マグロ- ブランド名:「トロの華」 生産者団体:トロの華生産者協業体(対馬市美津島町漁協内) 西山社長は、2017年(平成29年)に県民表彰(産業分野のうち水産業)、2020年(令和2年)秋の褒章で黄綬褒章(対馬定置網漁業協議会会長として)を受賞している。 |
(2021.11.11 宮崎 繁樹)