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長崎経済研究所

長崎・長与町から福祉の革命を

はじめに

 わが国の大きな社会問題の1つとなっている『少子高齢化』。増え続ける高齢者と、それを支える(介護する)現役世代・若年層の加速度的減少。このような社会では、福祉の問題が避けられない課題として大きく、重くのしかかっている。

 この、ともすれば暗く、苦しく、大変とのイメージがある福祉の世界に、新風を吹き込む動きがここ長崎県長与町であっている。社会福祉法人ながよ光彩会の貞松徹氏は、福祉の世界で様々な取組みを行っていた同法人の前理事長・前田俊昭氏の意思を継ぐ形で、今年(2022年)の4月に理事長に就任。以降、日常世界と社会福祉との間の壁を取り払うことにチャレンジしている。本稿では福祉のイメージを変えるべく奮闘している貞松氏の独創的な取組みを通して、本県のこれからの在り方について考察する。

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貞松氏の経歴

Ⅰ.人の“物語”を支援

 貞松氏が現在、福祉において実践しているさまざまなことは、自身が沖縄勤務時代に実践していた「物語の支援」にその基礎をみることができる。これは例えば、「人が子供も独立してやっと自分の人生を送れる、というタイミングで片マヒに、あるいは認知症になるなどして、施設に入ることになると、それまで思い描いていた人生後半の過ごし方と、施設で過ごす現実との間に大きなギャップが生じてしまう。しかしながら、これは住まいが変わっただけであり、夢まで変える必要は全くない。元気な頃に求めていた夢や物語を、我々介護スタッフが紡いでいけばよい」との考え方である。

Ⅱ.みんなのまなびば み館

 通常、人は身内が入居していない限り高齢者福祉施設に行くことはない。多くの人にとって、福祉への関心は自身が65歳を超えると自分事となるが、そうなるまでは他人事(ひとごと)であり、関連施設がまちなかにあっても関心を寄せない。貞松氏は、この現状を変えようと2018年、長与町本川内地区地域交流センターに、学びの場「ひととまちとくらしの学校」というプロジェクトを立ち上げた。ところが、この場所は人通りが少なく、外部と交流するにはなかなか難しい地域であった。   
 そこで、目の前に小学校の敷地が広がり、また、近隣には学童施設と町役場があるなど、長与町内でも立地がいい場所にある、グループホームながよの1階に、『みんなのまなびば み館』(以下、『み館』と略称)を、2020年7月に開設した。

※松栄グループ有限会社(代表:前田慎一郎氏)が運営するグループホーム。同法人とながよ光彩会は、同じ長与町の社会福祉法人グループwagayo group(わがよグループ。詳細後述)に所属している。

 貞松氏は、その開設にあたり、建物の前の道を行きかう多くの人々の視線を隔ててしまっていた1階部分の壁を全て取り払うことで、道行く人々からの視線を得られやすいようにしたうえで、「どうすれば子供の頃から福祉施設に来てもらえるようになるのか」を考えた。

1.『み館』について

『み館』の特徴は次の3点に集約される

①誰もが利用することができる場所。地域の好きなことや得意なことで、住民や上階の施設に入居している高齢者が先生や生徒となり、介護職員も輝くことのできる、地域に溶け込んだコミュニティスペース兼デイスクール。

②子どもから大人まで、多世代交流の場を提供する。閉鎖的な空間とはせずに、地域の人や介護施設に関わる人同士の接点を創出。

③コンセプトは〈まちのリビング〉。この〈まちのリビング〉という言葉には、赤ちゃんから小学生、思春期の中高生、車椅子に乗った高齢者、日本で暮らす外国人などが交わり、コミュニケーションを経験することで、目の前で困っている人がいたら行動できるようになってほしい、という願いが込められている。

2.ワークショップ「きょうしつ」

 建物の壁を取り払い、目の前の道路を通行する人々の視線を『み館』に向けてもらえるようにした貞松氏は、次に中まで入ってもらう導線を得るために、同所にも「ひととまちとくらしの学校」を開校して、各種ワークショップ「きょうしつ」を始めた。ここでは、介護職員だけでなく、施設の入居者や地域の子供など、誰もが“せんせい”になることができ、また反対に生徒にもなれることが大きな特徴である。
 「きょうしつ」の開催は、まずながよ光彩会の職員に発表し、その後地域に向けて公開しているが、情報公開と同時に常に満席となっている。これまで延べ140回近く開催されているが、その内容は、かつて華道・池坊の先生だった入居者が行う「生け花きょうしつ」(この入居者は、せんせい募集のポスターにも登場)や、13歳の男の子がせんせいを務める「魚の3枚おろしきょうしつ」、その他「せいかいのない、おはぎきょうしつ」、「親と子どものいのちのきょうしつ」、「てのひらの珈琲きょうしつ」など、バラエティに富んでいる。

入居者がポスターのモデルになった

 貞松氏は、せんせい役に自社の介護職員を起用しようとしたものの、コロナ禍もあり難しかった。そこで、地域住民の方々に担ってもらうことにしたところ、せんせいとなった地域の住民たちが再び『み館』を訪れ、「他のことも学びたい」と生徒にもなった。「せんせい役はできない」と思っている住民も多かったそうだが、こんなことにニーズがあるのか、ということを地域住民に知ってもらうきっかけとなったのである。貞松氏は、このせんせいたちをプロデュースすることも自分の役割の1つと認識しており、“好き”や“得意”を生業にできる仕組みづくりにチャレンジしている。

3.職員と入居者が共に活躍できる場所

 大手企業では従業員の副業を認めているところも多いが、福祉法人に勤務している職員は福祉関連の仕事しか知らないために、違う仕事に挑むためのスキルが不足している。そこで、貞松氏は、介護の仕事をやっていなかったら何をやりたかったのか?を自社職員に問い、そこから出てきた職業の訓練を『み館』にて行うことを考えている。例えば、DIYに興味がある職員のために、大工を講師に招いた研修プログラムを『み館』に開講する。また、バーの店員希望者には『み館』にバーテンダーを招聘してカクテルの作り方を学ばせた後、週末には『み館』でバーテンダーとして副収入を得られるようにする。さらに、この場合には、作ったカクテルを上階のグループホームながよにも提供することで、入居者の満足度向上にもつなげることができる。同氏は、「人と組織が持続していくための仕組みづくりが自分の仕事であり、職員にはセカンドキャリア・マルチキャリアで、自らも稼ぐ福祉人になってもらいたい」と語る。一方、グループホームながよの入居者についても、“せんせい”として自身の特技を生かす機会を提供することで、サービスを受ける側に留まらず、教える側にもなってもらい、自身の生活の充実度を上げてもらいたいと願っている。

※「Do It Yourself」の略語で「自分自身でやる」という意味。

 貞松氏は、周囲の人たちから「『み館』はまちづくりのため、地域のためにつくられた施設ですよね?」とよく言われるそうだが、本人はそのような考えではなく、「あくまでも『み館』の“核”は、wagayo groupの職員と施設の入居者が活躍する場の提供であり、その核として作り上げたものを地域におすそ分けしながら共に楽しむことで、地域の方も訪れる場所でありたい」としている。

4.まちのリビング『み館』

 『み館』では、毎月タイ人のスタッフがタイの家庭料理を地域におすそ分けする「らふ(“でこぼこ”の意)キッチン」が開催されている。これは、長与町が子どもの居場所づくりを模索しているなかで『み館』と出会い、『み館』が町の食堂的な役割を担うようになったものである。

 貞松氏は、家庭と学校、それに第3の場所という意味の“サードプレイス”という言葉を好まない。「サードに合わない子供はフォースに行くのか?」と、家庭からどんどん離れる場所が作られていくことに違和感を覚えている。そこで、親子で参加できる「きょうしつ」を開催することで、子育てのファーストプレイスである家庭に子供たちの様子を届ける役割を『み館』が担うことにした。

 本来、地域の困りごとは、行政を訪れて相談するはずである。ところが、おそらく町民の大多数は、苦情以外で町役場に行ったことがない。貞松氏が『み館』を〈まちのリビング〉と謳うのは「何気ない会話のなかにこそ、家庭やまちの課題があるのでは?」との考えからである。「○○相談所とすると人は来ないが、“リビング”とすると集まりやすい。そこで、何かワークのようなものをしながら、会話するなかに情報があり、同じ意見でも月に10回くらい出るとなるとこの町に足りないサービスかもしれず、それを社会福祉法人の地域公益事業として検討する」、つまり『み館』を地域課題のヒヤリングの場、マーケティングの場としても機能させている。他方、毎回のように出てくる不満話などは、行政が対処しなければならない案件として、町へ報告する。

5.長与のリビング『み館』

 貞松氏の活動は、行政からも注目されて長与町の2022年町勢要覧の巻頭に『み館』が《長与のリビング》として掲載された。本来、行政の施策として行わなければならないことが『み館』では既に取り組まれていることから、町が『み館』を活用し始めたのである。

 『み館』は、ながよ光彩会の公益事業部門の拠点として運営されている。これまで、町とは高齢者福祉事業を管轄している介護保険課としか関りがなかったが、現在は、健康保険課やこども政策課、秘書広報課など様々な部署ともつながるようになった。

長与町 2022年町勢要覧より。『み館』が《長与のリビング》に

※長与町 2022 町勢要覧

https://webtown.nagayo.jp/kiji003728/3_728_up_yck5bb31.pdf

6.イベントの運営

 長与町健康保険課は、コロナへの対応で年中忙しい。そこで昨年(2021年)11月、同課主催のイベント「Area Research Trail Walking(通称ART Walking in NAGAYO)」の運営を、ながよ光彩会が受託した。本イベントを受託するにあたり、貞松氏が町に提案したのが「まちを繋ぐ、福祉に出会う」という形である。イベントの参加者には『み館』に立ち寄ってもらい、『み 館』からその人たちに向けて福祉に関する情報を発信するという、福祉の情報を能動的に取りに来てもらう仕組みを作った。

ART Walking in NAGAYO(アートウォーキング イン ながよ)

・開催期間は1ヶ月。1日で歩いて回ると6時間はかかるコース。

・2022年1月から12月まで12枚のカレンダーを作成。ひと月ごとに、ながよ光彩会の取材チームが取材した町内12店舗のQRコードを掲載しており、該当の店舗に行けばカレンダーを受け取ることができる。12店舗全てを回ると、2022年のカレンダーが全部揃うこととなり、それを『み館』に持参すると、カレンダーを飾る木製台をプレゼント。

・『み館』を訪れた人は、障がい者スポーツ“ボッチャ”も体験でき、景品を持ち帰ってもらう。

・コロナ禍から、ながよ光彩会の介護職員は当イベントに参加することができない。そこで、期間中の人手不足を補うべく、紙のカレンダーを受け取る方式とともに、株式会社デンソーウェーブの協力のもと、店先のQRコードを読み取ることで専用のアプリにスタンプが貯まる、という2通りの店舗巡り方法を作成。

 このようなイベントの参加者は、行政が企画・運営するとどうしても高齢者に偏ってしまう。これを貞松氏は、長与町健康保険課がターゲットと考える20~60代の参加を促すことを目標に定めた。この目標をクリアするために、イベントに参加する店舗の選定を『み館』に遊びに来ている子供たちと行い、同時にその店舗でもらえる商品も決めた。すると、子供たちはこのイベントは自分たちがつくったものだからと、親を誘ったのである。子供の親が参加することにより、若い世代の参加者が増えることになった。その結果、当イベントへの参加者の年齢は、60代が最も多かったものの、次点は40代、ついで30代となり、親世代に届くウォーキングイベントとして成功を収めた。

※ART Walking in NAGAYO アフターレポート

Ⅲ.wagayo group(わがよ グループ)

 “wagayo group”とは、ながよ光彩会が運営する《特別養護老人ホーム かがやき》と《みんなのまなびば み館》、総合ウェルフェア株式会社(代表:前田俊昭氏)が運営する《ぴーぷる長崎》、前出の《グループホームながよ》という、長与町内4つの福祉施設からなるグループである。同グループは、『人のためにできること』、『地域(長与)のためにできること』、『社会のためにできること』の3つの理念を掲げており、「夢・物語の支援~人のためにできることを」として、さまざまな活動を行い、福祉を魅力的な職場としてアピールしている。

 高齢者の介護では、食事と排泄の介助が主目的のようになっており、その人の背景にある人生は軽視されがちである。そこで、wagayo groupでは個別の夢を実現させるという、日常のケアにプラスワンの支援を加えるようにした。同グループは「このような支援が、人として当たり前の“支援”である。高齢者や障がい者、患者など様々な困難な状況にある人の心を知り受容することで、寄り添えることの大切さを、さらに心を元気にしていくことを伝えていきたい」としている。

Ⅳ.今後の動きについて

1.法人内アプリケーションの開発

 イベント、ART Walking in NAGAYO運営の際に協力してもらった株式会社デンソーウェーブとともに、法人内アプリの開発に取り組んでいる。そのアプリでは、例えばお手伝いポイントを貯めると食事券がもらえるなど、食事の提供も無償ではなく、労働の対価とする。また、『み館』の商品とも交換できるが、その商品には福祉的背景(施設の入居者が作ったものなど)があることから、それを手にする人には“福祉”が関わっていることが伝わるようになっている。

 最終的には、この仕組みを長与町にも広げることで、町内で行った清掃活動などがポイントとなり、貯まったポイントで町内店舗の何かと交換できるという、いわゆる地域通貨的役割も担えるアプリになれば、と考えている。

2.地元プロスポーツチームとの連携

 スタジアムシティ構想などバスケットボールを通じた地域活性化に取り組む長崎ヴェルカと、高齢者福祉施設との連携で何かできないかについても検討している。スポーツと福祉で互いに総合的な学びとなり、ヴェルカから福祉を発信してもらうことで多くの人にも届くこととなる。また、親会社のジャパネットHDにも福祉への理解を深めてもらうことにもつながる。

3.長与町外の人々との触れ合う機会を創出

 近い将来、例えばキッチンカー事業を行うなどして、職員が県内各地に赴き、さまざまな地域と、人と触れ合うことで、ながよ光彩会の彩ある福祉を届け、福祉への関心を広め“ふくしをひらいていく”事業部門を展開する。

4.役割に応じた経営体制の構築

 ながよ光彩会では、本年(2022年)6月下旬に経営陣を刷新することになった。現在6人いる理事のうち、理事長の貞松氏と《特別養護老人ホームかがやき》のマネジメントを行っている理事が続投。残り4人の理事を、①介護ソフト「CAREKARTE(ケアカルテ)」導入に伴う福祉分野におけるICTの利活用担当、②これから新たに取り組む障がい者事業全般のマネジメント担当、③医療・看取り部門の担当、④メニュー開発など「食」の充実の担当とし、それぞれ30~50歳代の比較的若いメンバーが就任した。なかでも、④には厨房のパート職員を抜擢して、パート視点の意見を法人の運営に生かすことができるようにしている。

※「Information and Communication Technology」の略称で、「情報通信技術」という意味。

 また、監事2名には、貞松理事長と同世代である長崎市の福祉法人の理事が就任。他方、7人の評議委員には、同じく貞松理事長の同世代で長崎の社会福祉のキーマンと言われている佐世保市の福祉法人の理事長をはじめ、民間シンクタンクの代表やジェンダー問題に取り組む活動団体の代表など、様々なジャンルの人材が就任しており、ながよ光彩会に対して多面的・多角的に意見、助言してもらう体制を整えた。

おわりに

 社会福祉法人ながよ光彩会は、長崎県からの指名で「介護のしごと魅力伝道師事業」を3年間担っている。この事業は、発信力に課題をもつ福祉業界に対して、福祉分野における発信力をもつ人材の育成を目的としているが、貞松理事長は「指導した人たちは、この3年間でしっかり自分の言葉で話せるようになり、プレゼンテーションもできるようになったが、その人たちが所属する組織は変わらなかった。人だけではなく、組織にも届くような事業でなければならない」と語る。

 そこで、同氏は「佐世保市就労継続支援B型事業所や障がい者支援施設、長崎市の特別養護老人ホームなどには、同世代に多くのプレイヤーがいる。県の力も借りながら、他県の福祉関係者にこれらの施設を見学していただき、その質の高さを実感してもらうことで、“長崎の福祉”を発信していく」と、同事業の今後を考えている。

 まもなく開設2年目を迎える福祉施設、『み館』における取組みのなかには、地域課題の解決に取り組んでいるものもあり、1つの福祉施設が地域との交流の形を大きく変えた事例となった。貞松理事長の斬新な取組みにより、wagayo groupには「ここで働きたい」、「み館で働きたい」との申し出が増えており、同グループはここ数年、職員の募集を行わなくても人材が集まる珍しい福祉グループとなった。

 福祉について、新たな視点で取り組み続けている貞松理事長とwagayo group。“福祉と地域との共生”という在り方を示して業界の魅力を向上させることで人材を集め、超高齢化社会に対応しようとしている。福祉の世界でこのような取組みが展開されていることが驚きであり、ここ長崎が明るく住みやすい県として認識されることにつながるものと思われる。長崎県は、全国から福祉や自治体の関係者などが視察に訪れる“福祉の先進県”としても、その地位を確立することができる可能性を秘めているのである。

(杉本 士郎)

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