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長崎経済研究所

離島で活躍する企業
絶景の地「矢堅目」でつくった塩を全国へ
~株式会社やがため~

 五島列島の北部、上五島に矢堅目(やがため)という絶景の地がある。緑なす山と透き通ったエメラルドグリーンの海がコントラストをなすなかに存在感のある奇岩がそびえている。矢堅目の名は、その昔、侵入してくる外敵を見張るために矢(守備兵)で堅(砦)めたことに由来するといわれている。そんな矢堅目を望む奈摩湾の海岸線に塩づくりの工房と店舗を構えるのが、株式会社やがため(南松浦郡新上五島町網上郷、川口秀太社長)である。

湾岸の先に見える円錐形の岩が矢堅目。今では‘トトロ岩’と呼ばれることも。左手前が店舗・工房。目の前の奈摩湾から海水を汲み上げる。

■祖父から続く釜焚きの塩づくり

 同社の塩づくりは川口社長で3代目になる。川口社長は16歳のときに島を離れ、22歳で戻ってきて家業を手伝っていた。初代である祖父に一から鍛えられるうちに塩づくりのおもしろさに惹かれ、23歳から本格的に取り組み29歳のときに会社を設立した。

 ここでつくられる塩は、海水のみを原料とし添加物や加工助剤を一切加えずに海水中の塩類を結晶化させてつくる海水塩だ。

 材料である海水は、工房の目の前の海のものだ。外海からきれいな海水が入ってくる満潮のときを選んで水深約10mのところからポンプで海水を汲み上げる。これは祖父から厳しく言いつけられたことだ。汲み上げた海水は、安全・安心と自信を持って言えるよう、RO膜(逆浸透膜)によりマイクロプラスチックなどの不純物を除去していく。汲み上げた時点で3%だった塩分濃度がこの工程で8%程度になる。

 次に、海水から水分を飛ばして「かん水」と呼ばれる濃い塩水をつくる。同社では薪を使って釜焚きする。薪を使うことで遠赤外線効果によりミネラルを損なうことなくまろやかな塩がつくられる。これも祖父から厳しく言いつけられたことだ。24時間じっくりと水分を蒸発させていき、塩分濃度が20%以上になるまで煮詰める。カルシウムが多いと塩が黄ばんでしまうため、慎重な管理が必要だ。

 今の釜は3代目だ。これまで使っていたステンレス製の釜から、より熱効率の良いチタン製にした。初代の釜ではかん水600ℓができていたが、2代目は800ℓ、3代目は1,200ℓができるようになり生産性が向上した。2021年の塩の生産量は10t弱だったが、2022年は15tを目標にしている。


ろ過した海水を薪で釜焚きする。1日に使う薪は約4t。


 それから別の釜でさらに焚き上げて塩を結晶化させる「仕上げ」作業に移る。早い段階でできる結晶は粗く、濃度が上がるにつれて粒子が細かくなるため味も違ってくるし、その使い道も変わってくる。このとき、火を強くしすぎると綺麗な結晶にならないので注意が必要だ。


塩を結晶化させていく


 商品の種類は焼塩・藻塩・茶塩・昆布塩・塩こしょう・ごま塩・いか墨塩など豊富だ。おむすびに合う塩など用途に合わせた塩づくりも行っている。

 海水から商品になるまでの全工程は約2週間に及ぶが、海水4tから生産される塩の量は35~45kgと少ないことから、火加減や濃度の管理には繊細さが求められる。


■小さな島からの販路拡大

 離島の小さな工房である同社だが、近年は活発に販路を拡大している。県内では、製菓店10カ店と連携して開発した商品を昨年発売開始した。その他にもハウステンボス内で販売されるバウムクーヘンに使用されるなど、飲食店や菓子店・パン店で使用されている。

 また、県外向けの実績としては、離創協(※)の協力のもと、「矢堅目の塩」を使った「塩バターメロンパン」を山崎製パン(東京都)と開発した。塩を表面に吹きかけて焼き上げたもので、塩味をしっかり感じられ雑味が少なくまろやかでうまみがある。2022年2月から関西圏において販売が始まっており、既に30万食が売れている(残念ながら長崎県内では販売されていない)。また、サンクゼール(長野県)の食品ブランド「久世福商店」においては「矢堅目の塩」がパッケージ商品(OEM:相手先ブランド製造)として販売されている。相手先ブランドのラベルを預かることに責任とやりがいを感じながらの塩づくりである。

「矢堅目の塩」を使用した山崎製パンの「塩バターメロンパン」

 
 さらに、4月からは不二家(東京都)から「矢堅目の塩」を使ったシュークリーム、クレープ、モンブランの3種のケーキが順次発売されている。その他にも期間限定のコラボ商品なども経験しており、これらの実績を積み重ねていくことで、やがては世界に向けて日本の塩を広めていきたいと考えている。

(※)(一社)離島振興地方創生協会。離島地域の1次産業の振興を目的に設立された。十八親和銀行は離創協と共に離島地域の活性化に積極的に取り組んでいる。



■塩を通じて五島の良さを知ってもらいたい

 工房に隣接する店舗「矢堅目の駅」は、塩や椿油などの同社商品や、同社の塩を使った五島うどん、サバ燻製、さらには他の上五島の物産も販売している。また、喫茶、観光地案内や塩づくり・椿油搾り、釣り(遊漁船を紹介)といった自然と文化に触れる体験メニューも用意しており、近くには教会をモチーフとした優雅な外観の宿泊・飲食施設を運営している。

 とくに夏には、塩ソフトクリーム(通年)や、絶景を臨むウッドデッキでのビアガーデンやバーベキューを楽しむことができることから、早くコロナ禍が落ち着いてこの地が島内外の人で賑わうことが望まれる。


 川口社長は、塩づくりを通して、いままで当たり前だと思っていた島の風景や文化、人、食のすべてが「他所にはない島の宝」であり、塩づくりは「島の恵みをおすそ分けしてもらっている」のだと思うようになった。今では、島だからこそ生み出せるものを通して五島列島を多くの人に知ってもらいたいと願っている。


商品各種


         -企業概要-
株式会社やがため  ~ブランド名:矢堅目の塩本舗~
代表取締役 川口秀太(かわぐち しゅうた)
本社  : 長崎県南松浦郡新上五島町網上郷688-7  電話 0959-53-1007
URL : https://www.yagatame.jp
業務内容: 塩の製造販売、土産品販売、宿泊業

写真は同社提供

(2022年5月12日 宮崎繁樹)

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