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長崎経済研究所

西九州新幹線開業による交通体系と旅客流動の変化(1)

富山国際大学 現代社会学部

准教授 大谷 友男

はじめに

 2022年9月23日、西九州新幹線(長崎~武雄温泉)が開業した。新幹線開業に伴う影響には短期的なものと中長期的に現れるものがある。本レポートでは、開業1年という短期間での変化の中で、西九州新幹線開業に伴う交通体系や旅客流動の変化について、限られたデータやヒアリングなどをもとに検討していく。

 なお、西九州新幹線が開業した2022年秋は、新型コロナウイルス感染対策から経済活動に制限がかかっていたが、この1年の間に経済活動が緩和されてきた。そのため、どこまでが新幹線開業の効果で、どこまでがコロナからの回復かを判断することは難しい点は注意が必要である。

1.幾多の曲折を経ての開業

東北・北陸との競争の中で、まずは鹿児島、次は長崎を目指す

 西九州新幹線は、全国新幹線鉄道整備法に基づき、1973年に九州新幹線(鹿児島ルート)や東北新幹線(盛岡以北)、北陸新幹線、北海道新幹線と並んで整備計画に位置づけられ、当時は九州新幹線(長崎ルート)と称された路線である。

 しかしながら計画決定と同時期のオイルショックの影響から着工は先送りされ、その後も国鉄の経営再建問題や経済・財政状況の悪化もあり、1982年には整備計画自体が凍結された。凍結解除後も、整備新幹線に対しては優先着工順位がつけられる状況下で、九州の2線は、東北や北陸との誘致競争で後れを取っていた。そうした中で開かれた1988年の鹿児島ルートの優先着工実現総決起大会において高田長崎県知事(当時)が鹿児島ルートの実現に努力を惜しまないと発言し、まずは鹿児島、そして長崎へという動きとなった。

ルートをめぐる曲折

図1 西九州エリアの交通ネットワーク

九州経済調査協会作成

 当初、西九州新幹線のルートとして想定されていたのは、佐世保市の早岐駅を経由するルートであった。しかし、早岐経由のルートでは収支改善が見込めないとするJR九州の発表(1987年)を受けて、1992年に現在のルートにあたる短絡ルート案が井本佐賀県知事(当時)から提案された(図1)。

 1998年には日本鉄道建設公団(現:鉄道・運輸機構)が、武雄温泉~新大村のルートと駅を公表し、2002年には武雄温泉~長崎間の着工手続きにあたる工事実施計画認可申請(スーパー特急方式)が実現した。2005年には長崎ルートの呼称が西九州ルートに変更となり、現在の西九州新幹線の名称につながっている。

並行在来線問題の「解消」により着工へ

 こうして計画決定から約30年が経ってようやく着工への道筋が見えてきた西九州新幹線であるが、その後もいくつかの問題に直面する。

 その1つが並行在来線問題である。整備新幹線のスキームにおいては、新幹線を整備する区間を並行する在来線は、沿線すべての道府県、市町村から同意を得た上で、新幹線の開業時にJRからの経営分離が可能になっている。そして、経営分離問題を解決することが着工の条件ともなっていた。

 西九州新幹線においても、長崎本線の肥前山口(現:江北)~諫早間が経営分離の対象とされていたが、鹿島市や太良町といった沿線自治体の反対が強く、同意には至らなかった。そのような中、2007年に当該区間の鉄道設備は、佐賀県・長崎県が保有ならびに維持・管理を行い、開業後20年間(その後23年間に延長)は列車の運行をJR九州が行うという上下分離方式によって、経営分離問題の「解消」を図り、2008年の着工に至っている。

フリーゲージトレイン(FGT)の断念

 こうして着工に至った西九州新幹線であるが、新たに整備されるのは武雄温泉~長崎間のみであり、武雄温泉以東に関しては在来線を活用するというものになっている。したがって新幹線区間と在来線区間の乗り換えが必要となり、時間短縮効果が乗り換えの負担で相殺されてしまうことから、車軸の幅を変えることで在来線でも新幹線でも走行可能なフリーゲージトレイン(以下、FGT)を開発し、西九州新幹線に導入する予定であった。

写真 試験走行中のフリーゲージトレイン

2017年3月鹿児島中央駅にて筆者撮影

 しかし、FGTの山陽新幹線への乗り入れに関しては、早い段階でJR西日本が難色を示し、その後も試験走行を繰り返す中で台車の不具合などの問題が頻発し、2018年には正式に導入を断念することとなった。その結果、同一ホームでの対面乗り換え方式を武雄温泉駅でも導入することとなり、現在に至っている。そして、このFGT導入断念問題が、今後の西九州新幹線沿線における交通体系のあり方に影を落としている。

2.西九州新幹線開業に伴う時間と料金の変化

約30分の時間短縮

 西九州新幹線の開業により当地の交通体系はどのように変化しただろうか。まず所要時間について見てみると、表1に示すように約30分の時間短縮が図られた。

表1 西九州新幹線開業前後での所要時間の変化

資料)時刻表より筆者作成

 佐世保線に関しては、佐世保~江北間の高速化も行われ、白いかもめで使用されていた885系の振り子電車が導入され、佐世保~博多間の所要時間は平均2分の時間短縮が実現したものの、便によってはむしろ所要時間が延びたものもある。

 長崎や福岡、大阪での最大滞在時間に関しては、表2に示すように、長崎からはほとんど変化はないが、福岡や大阪から長崎へは滞在時間が長くなっている。

表2 西九州新幹線開業前後での長崎、福岡、大阪の滞在時間の変化

資料)時刻表より筆者作成

値上がりも他地域に比べ高い割引率

 新幹線開業に伴って時間短縮が実現した分、料金は上がっている。長崎~博多、佐賀の料金は、表3に示すように変化した。開業後の値引き率は、開業前に比べて小幅になっているが、他地域の新幹線では、当日予約のネット割引は、有料会員登録が必要なサービスを除いては値引き率1割以下であり、新幹線利用での割引率としては高水準である。

表3 西九州新幹線開業前後での料金の変化

注)割引料金は九州ネットきっぷ、かもめネットきっぷの当日予約が可能なタイプ
資料)JR九州ホームページ、時刻表より筆者作成

 なお、長崎~博多に関しては、3日前の予約であれば3,600円の割引切符(かもめネット早特3)の設定のほか、開業から7日前の予約で長崎~博多が3,200円、長崎~佐賀が3,000円の割引切符の設定もあり、条件次第ではあるが在来線時代に近い水準まで価格を下げている。

 以上、(1)では、西九州新幹線開業に至るまでの経緯と、開業による所要時間や滞在時間、料金の変化などについて見てきた。

 (2)では、新幹線開業に伴う運行形態の変化や利用動向、また航空機や高速バスといった競合する交通機関の旅客流動の分析から西九州新幹線沿線における人の流れがどのように変化したかを検討する。

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