長崎県立大学 経営学部
国際経営学科 准教授 三浦佳子
経営学科 准教授 田代智治
15年ぶりに訪れたインドネシアの首都ジャカルタ。ASEAN(東南アジア諸国連合)のユニコーンと言われる「Gojek」や「Grab」のバイク便が町中を走っている。入国の際の税関申告もコーヒーショップでの支払いもすべて携帯アプリだ。大学では学生が起業に向けてビジネスプラン作成に取り組んでいる。新型コロナウイルス感染症の影響で一時は経済活動が停滞したと言われるが、ウィズコロナの今、活気あふれるジャカルタ。日本との関係を強化できないか。今回は日本からの食品輸出の可能性を考えてみたい。
(1)人口
同国の人口は2.7億人(注1)、ASEAN10か国でトップであり、2050年には3.2億人と更なる増加が予測されている。食品を消費する口が多い分だけビジネスの可能性は広がる。特に若年層の人口増加を考えると、海外の食品や味も抵抗なく受け入れてくれるのではないかと期待できる。
(2)経済
経済面を見ておくと、2021年の一人当たり実質GDPは62.3百ルピア(約4,078米ドル)で、実質経済成長率は前年比3.7%であった(注2)。2020年はコロナ下でマイナス成長となったが、世界銀行は2022年6月に同国の実質経済成長率について2022年は5.1%、2023年以降は5.3%程度へと成長が加速すると予測した(注3)。
(3)日本との関係
進出日系企業は1,489社(2020年1月現在、注4)、在留邦人16,539人(2021年10月現在、注5)、ジャカルタ特別州のみではあるが日本食レストラン数1,150店(2022年5月現在、注6)となっている。また、日本インドネシア経済連携協定(JIEPA)、ASEAN日本包括的経済連携(AJCEP)が締結されており、企業は関税の減免が受けられる。
(4)対日感情
外務省が実施した「令和3年度海外対日世論調査」(注7)によると、日本に対して68%が「とても友好関係にある」、27%が「どちらかというと友好関係にある」と回答している。また、日本の何に関心があるのかという問い(複数回答)では、トップが「アニメ、漫画、ゲーム、コスプレ」で83%、僅差の二位が「和食」で80%、次いで「生活様式、考え方」が64%となっている。この結果から、親日家が多く、日本産品を受け入れる素地はあると考える。
(5)宗教
同国の宗教割合は、イスラム教86.79%、キリスト教10.7%、ヒンズー教1.7%、仏教0.8%、儒教0.03%、その他0.04%(2019年、注8)となっており、大多数がイスラム教徒である。そのため、イスラム教徒を対象とするのであれば、ハラル対応が求められる。認証などに時間も費用もかかることではあるが、ハラル対応することで、インドネシアを足掛かりとしたイスラム市場への輸出拡大も可能となる。一方で、バリ島など地域によってはヒンズー教が主流であるなどの地域特性も見られるため注意が必要である。
JETRO海外マーケティング情報(注9)によると、インドネシアは自給可能な産品の輸入を基本的に制限しており、そのほかにも例えば、日本で使用可能な一部の添加物や農薬などの使用禁止、クオーター制(輸入割当て)、輸入港の指定などの制約も多い。牛肉はインドネシア政府から公認を受けた機関・団体がハラル証明書を発行した全頭ハラル屠畜が行われている屠畜場からの出荷が必要である。魚類は一般消費用9種のみ輸出可能となっている。その他の魚種はインドネシアに存在しない魚類であれば輸出可能だが、別途申請が必要である。園芸作物(果実・野菜)は17品目のみに限られている。
小売店やインドネシア食品輸入・卸売業者の取扱い品目を見る限り、日本から様々な食材(畜産物、水産物、農産物、加工食品、酒類など)が輸出されている。調査した現地スーパーの日本産品の店頭小売価格は、商品によって違いがあるものの、概ね日本の2~3倍の価格となっている。通常昼食は50円程度で食する現地レベルを考えると、日本産品を購入するのは日本からの駐在員や現地のアッパーミドル層から富裕層であることが分かる。
スーパーなどで取り扱われる日本の酒類については、ビールはサッポロビールのみ、日本酒もメーカー、売り場面積ともにかなり限定的な販売である。関税もあることから、日本の酒類店頭小売価格は、日本の2~4倍となっており日常的に購入可能な金額ではない。商品の回転率が悪いため、日本酒を取り扱わなくなったという販売店もあった。
他方、インドネシアでは日本産の食材を使用するレストランは高品質・高価格との認識があり、現地のアッパーミドル層から富裕層を中心に受け入れられていると感じる。日本食レストランの種類をみても、寿司、焼き肉、しゃぶしゃぶ、定食屋、ラーメン、などラインナップの幅広さに特徴がある。また、脂ののったサーモンや成形肉、豚を使用しない麺つゆ、味付けがココナッツベースなど、日本とは異なる現地化されたメニューも見られた。
今回調査した小売店やレストランでは日本の食材はある程度はそろっていた。小売店で見たところ、味付けやパッケージをインドネシア風に変更したものは見られなかった。日本で見かけるものと異なっていたのはインスタントラーメンやカップ麺で、日本メーカーが海外生産したものであった。日本食レストランはどのモールでも見られ、日本の味付けのメニューもあるが、インドネシア風にアレンジされたものも見られた。「日本製」はインドネシア人にとって高品質で好印象であり、そのため、中国や韓国メーカーが日本語で表記した商品を販売するなど、日本に対するインドネシア人の好印象を利用していた。
これらのことから、日本の食材は日本人駐在員のみならず、インドネシア人にも受け入れられると考えられる。しかしながら、日本食材は高価格であり、現在のインドネシアの一人当たりGDPから考えると、日常的に購入したり、日本食レストランを訪れたりするインドネシア人の層は限定される。日本に対して好印象を持っていることから可能性はあるが、収入と価格・品質のバランスの問題があり、インドネシア全体の所得向上が待たれるのではないか。もしくはコストを抑え、インドネシア人により受け入れやすい品質にするために、インドネシア人の知見を取り入れて同国内で生産することも考えられる。いずれにしても長期的な時間軸で取り組む必要はある。
また、宗教には寛容な国家ではあるが、アルコール摂取を禁止するイスラム教徒が多数を占める同国の市場性を考えると、日本酒を中心としたアルコール類の販売は厳しいと言える。アルコールが与える健康被害の観点からインドネシア政府が販売場所を規制するなど、食品ほど販売が自由ではない点からも、人口ほど拡大は見込めない。
現在のインドネシアのみをとらえると厳しい面も見られるが、日本からの輸出に限らず、現地企業とのタイアップも含め、ASEAN全体を市場としてとらえた長期的な戦略が求められるのではないだろうか。
(注1)
United Nations, World Population Prospects 2022: Summary of Results, 2022,
https://www.un.org/development/desa/pd/content/World-Population-Prospects-2022(2022年11月1日閲覧)
(注2)
Statistics Indonesia, https://www.bps.go.id/(2022年11月1日閲覧)
(注3)
The World Bank, Indonesia Economic Prospects (IEP), June 2022: Financial Deepening for Stronger Growth and Sustainable Recovery,
(注4)
JETRO、インドネシア進出日系企業リスト(2020年1月)
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2020/02/2a19caafce017300.html(2022年11月1日閲覧)
(注5)
外務省、海外在留邦人数調査統計(令和4年版)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/hojin/index.html(2022年11月1日閲覧)
(注6)
JETRO、海外マーケティング基礎情報
https://www.jetro.go.jp/industry/foods/marketing/(2022年11月1日閲覧)
(注7)
外務省、海外における対日世論調査
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/pr/yoron.html(2022年11月1日閲覧)
(注8)
Statistics Indonesia, https://www.bps.go.id/(2022年11月1日閲覧)
(注9)
JETRO、海外マーケティング基礎情報
https://www.jetro.go.jp/industry/foods/marketing/(2022年11月1日閲覧)
<資料:日本食材がならぶスーパーの棚の様子>
【補足】
長崎県立大学学長プロジェクト(長崎県内企業及び日本企業の海外展開に向けての支援策の利用・効果分析・海外輸出におけるマーケティング戦略分析)の成果普及として寄稿。