活水女子大学国際文化学部教授 細海 真二(ほそみ しんじ) (PhD / MBA) 1961年兵庫県出身 1984年民間企業入職後、海外4カ国に駐在 2001年より英国、フランス現地法人社長、欧州支配人を歴任。 2021年4月活水女子大学に着任。専門は、非営利組織経営、アントレプレナーシップ。 |
民間企業在職中は長く海外勤務をしてきたこともあり、その経験値から外の世界を見ることの重要性を伝えたいという思いを胸に2021年4月に実務家教員として活水女子大学に着任しました。
県外出身者から見た長崎には〈洗練された文化都市〉の印象があります。カズオ・イシグロ氏や村上龍氏の影響かもしれません。また最近鬼籍に入られた立花隆氏のことを改めて知ったこともあると思います。NHKの語学講座で長らくドイツ語講師をされていた小塩節先生もご当地出身と聞いております。
また、赴任して半年少々ですが、長崎の人の優しさと笑顔を随所に感じる機会があります。さらにこれは是非触れておきたい、日本遺産認定の「砂糖文化を広めた長崎街道~シュガーロード~」の存在を知ったことも大きな喜びです。
今年6月に再放送されたNHKの「よみがえる新日本紀行:石だたみの街で~長崎~」をご覧になった方も多いと思います。昭和54年当時長崎に暮らす人々の様子を紹介した番組でした。印象深い場面として、観光バスガイドの新人女性が地方に暮らす祖母にあてた手紙で、「長崎親切」という言葉を用いて長崎の人々の優しさを紹介するくだりがあります。他の人を思いやる心遣い、気遣い、こういった文化風土は、現代の長崎において脈々と受け継がれる麗しき習慣といえるのではないでしょうか。
ところで、女性活躍推進が政府の最重要課題の一つとして取組みが推進されています。2021年7月に公表された帝国データバンクの調査によると、女性社長比率は 8.1%、2 年ぶりに上昇し過去最高となったということです。ブロック別にみますと九州沖縄では鹿児島を除く7県が平均値を上回り、沖縄は11.4%と2013年以降9年連続で全都道府県中首位となっています。長崎県は8.8%であり、全国平均を上回るものの伸びしろは大きいと考えられます。この調査には女性社長の出身大学別調査もあります。全国の女性社長では大規模共学校に伍して日本女子大学が第5位を占めています。長崎県の女性社長の出身大学では、外国大学出身者を除外しますと、筆者が奉職する活水女子大学は福岡大学に次いで第2位となっています(※1)。
このように、日本の女性社長に女子大出身者が多いことはデータからも裏付けられているものといえます。
私は長崎の未来を背負う女性に高度専門職職業人としてのレジリエンスを身につけてほしいと思います。レジリエンスとは回復力や抵抗力、耐久力と訳されますが、しなやかに立ち上がる力という意味と理解できるでしょう。これを第一のミッションとしてこの地で取組みたいと考えております。
実は、ミッションはもう一つございます。それは私自身が長崎の中小事業者のサポーターとなることです。そのことによって長崎において雇用の場の拡大と人口減少に歯止めをかける対策の一環となりうると考えられます。
今日は、この二つ目のテーマについて話を進めていきます。全国各地に400万社を超える企業がありますが、そのうちの99.7%は中小企業です。そして社員20人以下の小企業が87%を占めています。中小企業は、社会生活のインフラにかかわる重要な基盤を担っています。例えば、とかく批判を浴びがちな公共事業のなかでも土木建設工事、道路補修、治水灌漑などのインフラの担い手であり、また私たちの日々の衣食住を担っている各地の商工業者、農林水産業に携わる地域の担い手の多くは中小事業者です。
コロナ禍で痛めつけられた彼らの事業再生を応援するサポーターとして産官学金等のネットワークから支援していきたいと考えています。具体的な取組みとして、長崎の地元企業における社会貢献の取組みをPRしていく基盤づくりを開始しています。企業はそれぞれ個別に多様なCSR(企業の社会的責任)の活動を行っています。とかく大企業の社会貢献事業に目が行きがちですが、街角で、また中山間部で行われる企業の社会貢献は、まさに街や村にともる明かりともいえるものです。
長崎企業は、さまざまな取組みを行うことでCSRを推進していますが、一方でそれが伝わっているのかという問題があります。人知れず善行を重ねるという美徳もありますが、むしろ自社の取組みをアピールし、社会のスタンダードになるような基盤として草の根の活動は重要なことといえます。社会を変える一歩はとても重要なことです。
企業の社会貢献に関してとても分かりやすい動画を見つけました。あらすじを紹介します。
老舗の茶葉業者がこれまで取引があった旅館から納品を断られるところからストーリーが始まります。価格引き下げの余地があることを伝え、再交渉しますが、旅館からは価格ではないと言われてしまいます。社に戻り原因を探ろうとすると、奥さんがネットである書き込みを発見します。「新興のライバル会社は例年新茶の季節になると自社の茶畑の近くの老人ホームに一番茶を配ります。お茶を届けるだけではなくホームの高齢者とお茶を飲みながら話をするのですがとても喜んでくださり、他のホームにも同じようにお茶を配布するようになりました。どの老人ホームにも好評で入所者から人づてに話が伝わり地域の話題になっています。その結果、取引先も増え、就職したいという若い人が増えているようです。」 そして企業の価値は何で決まるかという問いを考えるようになります。企業の目的は利益であるという視点では、利益を出す企業ほど価値は高いといえます。しかしこれまで魅力的な製品サービスを提供し高い利益を生んでいたとしても企業の存続が安泰ではなくなってきています。これは、2000年代から頻発した一連の企業不祥事とそこで問われた企業倫理の問題が絡んできます。この反省に立ち企業は自社の誠実な活動を社会に約束するコンプライアンスの確立に真剣に取組み始めました。また、説明責任という言葉が使われるようになり、経営の内容を広く開示し経営の透明性を強調するようになりました。投資家に対して企業の経営内容を広く公表するディスクロージャーや会社の内部統制としてのコーポレートガバナンスが注目を集めました。こうした動きを後押ししているのは企業とステークホルダーの関係にあります。ステークホルダーから社会にとり必要不可欠な企業という信任を得なければ企業は生き残れない。したがって、その危機感から企業の社会的責任として、CSRが重要な経営課題となっているのです。 |
ご関心があればぜひ動画(6分少々です)を視聴してください。
URL:https://www.youtube.com/watch?v=erHvJN4vc5A
いくら商品では負けていないと自信を深めていても、消費者は商品の品質とともに、地域社会にとって欠かせない活動をしている企業を応援しているということです。消費者の判断基準は必ずしも品質や価格だけではなく、企業に対する共感という別のファクターを求めているということがいえます。では企業側はどのようなメッセージを消費者(顧客)に送ればいいのか、ここからは共感マーケティングについて話を進めてみようと思います。
皆さんはブランド・アドボケートという言葉を聞いたことがありますか。2012年に出版され翌年に『アンバサダー・マーケティング』という題名で翻訳本が出ています。筆者のロブ・フュジェッタ氏は、マーケティング会社のCEOとして、アップルの成功を支えた人物として知られています。原著の題名であるアドボケートは弁護士や擁護者ということですが、熱狂的な支持者(サポーター)と考えてみてください。ブランド・アドボケートは、企業やブランドを愛するロイヤルティの高い顧客ということです。彼らは企業に代わって次のような活動をしてくれます。
では、サポーターを取り込むためにはどのようにしていけばいいでしょうか。それは、自社のCSRの取組みを広く地域社会に知らしめていくことが端緒になるのではないかと考えます。支持してくれるサポーターに金銭的な報酬を渡す必要はありません。サポーターを獲得していくために必要なことは、企業姿勢を積極的に見せることです。オーストラリア、メルボルンにあるビジネススクールのTrong Luu上級講師は、近著論文において、「CSRが企業ミッションや価値観に対して顧客が関心をもち、自主的に企業にとって好ましい行動をとるよう仕向けることができる。」と述べています。では、どのようなCSRを行い、どのようにしていけば、コアな顧客層すなわちサポーターを獲得できるのでしょうか。
県下の中小事業者は、生活インフラを支える重要な仕事をされています。昨今の気候変動によって風水害が頻発するようになり、そのための道路・橋など社会資本の建設、修繕補修などの業務に携わる建設事業者、観光立県長崎を支える宿泊業や飲食関連産業をはじめ、食の供給元である農林水産業がその業務を遂行できなくなれば、私たちの生活は立ち行かなくなります。そこで、一つの試みとして、長崎CSR認証というものを策定できないか検討を始めています。長崎県が推進する「誰もが働きやすい職場づくり実践企業認証制度「Nぴか」のCSR特化版と理解してもらえると分かりやすいでしょう。「Nぴか」の概念も取り入れながら、さまざまな企業の社会貢献活動の取組みを可視化し公表していくことを考えています。このことで、中小事業者のCSRの活動をより積極的に開示していけるのではないでしょうか。
同様の取組みは、すでに京都の龍谷大学と地域金融機関が実施するソーシャル認証が先行しています。長崎では、CSRの取組みを多視点から調査し顕彰することで、企業活動を応援していく予定です。認証主体はどこが行うか、どのような媒体で広報していくのか、課題はさまざまにありますが、現在のアイデアとして、認証制度について、環境面、社会面、ガバナンス面、雇用形態面などの視点を軸に評価指標を設けるとともに、将来的にどのように発展していくかステートメントとして公表することを検討しています。たとえば、現在は働き方の視点として、「従業員に対しボランティア有給休暇を設け、さまざまなフィールドで実践することを奨励する」ことや「勤務時間内の地域貢献活動への参加の許可する」なども比較的取組みやすい活動といえます。初めからハードルを高くするものではなく、将来的に実現可能性のある取組みをステートメントとして盛り込む事業者に対してCSR企業認証を付与する。そして年1回実査を行い、活動が持続可能なものになっているか、指標に到達しているかを調査します。CSR認証の登録費用は無料とし、ホームページやネット交流サービス(SNS)などでその活動を紹介し地域住民の支持を増やしていく取組です。
巨大IT企業アップルの時価総額は日本の国家予算をはるかに上回る規模にあるという事実をご存知でしょうか。アップルは取引先に対して再生エネルギー100%の実現を条件として要求するなど、再生エネルギーの使用度によって企業が選別される時代を迎えています。日本でも対策の一環として環境省は2021年度から再エネ電力を増やすための助言をすでに始めています。
ではどの程度、長崎県下の中小企業ではこういった取組みが行われているのでしょうか。長崎県中小企業家同友会の協力を得て資料を入手しました。そこに示された実態は県内企業が取組むべき方向性を示すものといえます。下記のグラフは、青が全国の中小企業家同友会の平均値、赤は県内企業の平均値です。なお、調査対象母数は、全国22同友会638社、県内同友会53社です。
環境経営では、CO2など温暖化ガス削減、3R(リデュース、リユース、リサイクル)の取組み、使い捨て資材の削減、転換の3つの指標に関して、全国平均で3割前後の企業が取組みをしていると回答していますが、県内企業は2割程度にとどまっています。長崎には自治体初の「気候非常事態」を宣言した壱岐市の取組みなど社会的にインパクトのある先駆的事例が存在します。こういった取組みを全県的に拡充していくためのエンジンとして、県内企業が積極的な貢献を果たすことができると考えられます。
再エネの取組みでは、主要事業ではないが再エネ事業を利用している(屋上パネルや屋根貸し)、また再エネ発電電力(グリーン電力認証)を100%あるいは100%近く利用している、という2項目で全国平均を上回っています。脱炭素社会に向けて再エネの普及は不可避な課題であり、この領域で長崎モデルが全国スタンダードになる取組みが求められます。国民に一番近いところにいる中小事業者が取り組めば、『再生エネ100%』を底上げできる可能性があります。宣言を行うことは社会的インパクトをもたらすものとなり、消費者の共感を醸成する端緒になる可能性があります。
SDGsについては、もっとも分かりやすい事業活動の広報手段であり、サポーターを獲得する手段になると考えられます。小中学校の新指導要領が改訂され、小学校の家庭科や道徳科、中学校の社会科や理科、技術・家庭科などに持続可能というキーワードが明記されています。もはやSDGsに取組んでいないことが企業存続におけるリスク要因になる時代が訪れようとしています。「目標を定めて取り組んでいる」企業は、全国平均で13%、県内平均で11%であり、長崎企業は大きく後退しているわけではありません。しかし、逆の見方をすれば1割程度しか取組んでいないという事実は将来的なリスク要因です。
これらのリスク要因を認識することも含めて、長崎CSR企業認証を具体化していく必要があるのではないでしょうか。現在、筆者は、長崎県中小企業家同友会の協力を得て、学生が記者となり同友会企業を取材し、各社のCSRの取組みを記事にして紹介する企画を検討しています。学生による地元企業支援プログラムが加速すれば、企業にとっては将来的な人材確保など、よき産学連携の成果になっていくでしょう。その良き触媒として長崎CSR認証を具体化していこうと考えています。
CSRの取組みは、本業の片手間にボランティアとして行うものではありません。企業はその存続のためにも地域住民に対して、企業による社会貢献の活動を分かりやすく説明する責任があります。ある日突然、学生から貴社の環境活動を含めたCSRの取組みは何かと問われる日が来るかもしれない。そのためにも自社のCSR活動を文字化して伝えることはリスクマネジメントとして求められるようになります。女子学生はもちろんステークホルダーです。そして彼らをサポーターにしていく意義は非常に高いものといえます。企業のCSRに対する意識をさらに高次元に高めていくことが重要であり、長崎モデルを先頭ランナーとして全県的に展開していくように努めていこうと考えています。ステークホルダー各位のご協力をお願い申し上げて本稿を締めさせていただきます。
注記
1) 九州・沖縄地区の社長出身大学分析より引用。活水女子短期大学は、現在活水女子大学として4学部7学科を有する。2021年に創立142年を迎えたわが国女子教育の草分け的な存在である。https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/s180803_80.pdf、2021-1014閲覧。
2) 「よき世を創る」という言葉は、旧制長崎中卒業の山本健吉先生の草案によるものである。長崎東高校の石碑には、「ともに生き倶に學び偕によき世を創ることの大いなる歓びにあふれ今日もまた明日もまた」と刻まれている。
http://www.news.ed.jp/higashi-h/1gaiyo/facility.html、2021-10-14閲覧。
【参考図書】
Fuggetta, Rob (2012), Brand Advocates: Turning Enthusiastic Customers into a Powerful Marketing Force, Hoboken, NJ: Wiley.
Trong Luu, (2019), CSR and Customer Value Co-creation Behavior: The Moderation Mechanisms of Servant Leadership and Relationship Marketing Orientation, Journal of Business Ethics, pp.379-398.
相島淑美 (2021)、『英語で読むマーケティング』、研究社。
中小企業家同友会のページDOYU NET、【特集】2020年度の同友エコ(環境経営・エネルギーシフト・SDGs)アンケートについて、2021-10-05。https://www.doyu.jp/topics/posts/article/20211005-154907、2021-10-5閲覧。
eラーニング CSR(企業の社会的責任)の基本早わかりコース動画。https://www.youtube.com/watch?v=erHvJN4vc5A、2021-10-5閲覧。