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長崎経済研究所

目指せ、ながさき観光を”魅力の宝庫“へ
6年目を迎える「長崎コンシェルジュ」認定制度

長崎コンシェルジュ認定委員会 委員長
(同) HRエンゲージメント 代表 
安徳 勝憲

(略歴)
 一橋大学経済学部卒。全日空ホテルズにて海外ホテル開発業務(4ヵ国、10年海外駐在)後、国内3ホテルで総支配人を歴任し、2005年3月に本社執行役員を最後に退職。同年4月より長崎国際大学国際観光学科教授、その後長崎大学地方創生推進本部で文科省COC+事業に従事。現:長崎県産業労働部若者定着課認定:たのめる講師

はじめに

 今日、ほぼすべての自治体が「観光立県」を標榜しており、全国の観光事業者が顧客誘致にしのぎを削っている。その中にあって他府県に勝るとも劣らない豊かな観光資源に恵まれている長崎県も苦戦を強いられている。その理由の一つとして、観光資源が長崎・島原半島・県北・離島地域などに広く分散しており、それらをつなぐ交通手段の体系化が容易でないことが挙げられる。元日本銀行長崎支店長の平家達史氏(現長崎自動車㈱取締役)も在任中に本県の観光資源に魅了された一人であるが、2019年3月の退任記者会見では「“魅力の宝庫”である長崎県が“魅力の倉庫”にならないように磨きをかけてもらいたい」という言葉で長崎県観光に対する期待感と危機感を表されていたことは記憶に新しい。
 長崎県は2006年10月に「長崎県観光振興条例」を制定し、県・市町・観光関係事業者等がそれぞれ役割を担い、連携していく指針として、観光振興基本計画(現在第四次)が策定され今日に至っている。
 この流れの中で2014年、県は「長崎コンシェルジュ」の制度設計に着手した。「コンシェルジュ」という名称はいまではデパートや病院など様々な業態でも使われているが、本来はホテルのロビーで宿泊客一人一人のニーズやウオンツに応じて館内施設や近隣エリアについて信頼できる情報とサービスを提供する専門職の名称である。ホテルコンシェルジュの国際的な会員組織 レ・クレドールは世界中の旅行者に広く認知されているが、日本にもその傘下にレ・クレドール ジャパンと日本コンシェルジュ協会がある。
 これに対し「長崎コンシェルジュ」は、県内の宿泊事業従事者を対象に長崎県が認定するプロフェッショナル人材で、従来型のホテルコンシェルジュ機能に加えて、宿泊客に県内の観光資源の多様性やすばらしさを周知して長崎への再訪を促すことを重要なミッションとするものである。そして2015年から行われた「長崎県ホテルコンシェルジュ配置実証事業」の結果を踏まえて「コンシェルジュブック」が作成され、2017年3月には第1回「長崎コンシェルジュ」認定試験が実施された。以来、年ごとに受験者数も増え、6年目を迎えた本年は16名の認定者が大石知事から認定証とバッジを授与されている。

第5回長崎コンシェルジュ認定証授与式の様子=令和4年5月12日  長崎県庁

 近年、旅行客の多くがスマートフォンで情報検索をするようになっており、さらに今年3月には交通サービスの利用のみならず、スマートフォンで旅の計画から公共交通・観光施設などの電子チケット購入までができる観光型MaaSアプリも一部の地域を対象に公開された。しかしながら、ネット情報が増えれば増えるほど、旅行客は情報の取捨選択について旅行先で信頼できる「ヒト」とのコミュニケーションを求めていく傾向が顕著になってきている。また先に県内観光資源の地域的な分散にふれたが、各地の長崎コンシェルジュがネットワークを組んで宿泊客に県内各地の魅力を相互に紹介しあうことで長崎県の魅力を広くアピールすることが可能となる。その観点からも長崎県の観光振興に「長崎コンシェルジュ」が果たす役割は今後とも増大していくと思われるため、本稿では今年6年目を迎える「長崎コンシェルジュ」認定制度の概要と最新状況について説明する。その後、世界中に定着しているホテルコンシェルジュのネットワークの現状を報告したい。
 観光はしばしば第六次産業(一次産業 x 二次産業 x三次産業)と言われるように、極めてすそ野の広い産業分野である。今後とも観光立県長崎の持続的発展にむけて「長崎コンシェルジュ」認定制度へのご理解・ご支援をお願い致したい。

Ⅰ 「長崎コンシェルジュ」認定制度の概要と最新状況

 長崎県は、県内の宿泊施設において、お客様が快適な滞在時間を過ごし満足いただけるゲストサービスを提供するとともに、長崎県ならではの魅力(歴史、文化、観光スポット、イベント情報等)を伝えることが出来るプロフェッショナル人材を「長崎コンシェルジュ」として認定する。この認定制度により、お客様の満足度向上や、再来訪、延泊、県内観光地の周遊促進を図る。年1回開催される認定試験の合格者には、評価点により長崎県からゴールド、シルバー、ブロンズの3等級の認定証、バッジが授与される。

(1)「長崎コンシェルジュ」認定制度の目的

①県内宿泊施設利用客の満足度向上や延泊、再来訪、さらには県内観光地の周遊を促進する。
②富裕層旅行客への接遇体制を強化する。
③行政主導の資格制度の導入により、宿泊施設従業員のプロフェッショナル志向を高める。
④県内で開催される国際会議などにおいて、高度な接遇サービス能力を提供する。
⑤認定試験(年1回)にかかわる勉強会を毎年6回前後開催し、認定希望者の接遇能力や観光情報活用能力の育成を図る。
⑥「長崎コンシェルジュ」認定者同士のネットワークを構築し、普段の情報交換を通じてお互いに助け合い、高め合う。

(2)「長崎コンシェルジュ」認定者が得られるメリット

①長崎県が定期的に開催する「長崎コンシェルジュ情報交換会」や「講習会」に招待され、最新の本県の観光情報を入手できる。
②認定者のみで構成される独自のネットワークを通じて、お客様へ提供する観光情報の質・量を高めるとともに、相互に交流することで接遇スキルの向上を図ることが出来る。
③県内観光関連機関が発行する定期刊行物やニュースレターのメーリングリストに含まれる。
④県内機関が発行する観光関連刊行物において、定期的に「長崎コンシェルジュ配置宿泊施設」として告知するほか、各種プロモーションを重点的に実施する。

(3)長崎県ホテルコンシェルジュ配置実証事業と長崎コンシェルジュブック

 長崎県は、「長崎コンシェルジュ」認定制度の導入に先立ち、以下の要領にて長崎県ホテルコンシェルジュ配置実証事業を行った。

 期  間:2016年1月 ~ 2018年3月
 事業内容:
〇県内ホテルから選抜されたゲストサービス担当社員4名が大阪、京都など計10ヵ所の都市型ホテルで実地研修
〇「長崎ならでは」の観光コンテンツ勉強会(計8回)
〇県内観光地の情報収集および観光関連事業者とのネットワーク構築
〇専門家による県内ホテルの接遇体制インスペクション  その他

 上記実証事業の成果として培われたスキルやノウハウをもとに、県内宿泊施設や観光案内所等のサービス向上に活用すべく「コンシェルジュブック(39ページ)」が作成された。コンテンツは以下のとおりであるが、県庁ホームページで誰でも閲覧、ダウンロードできるようになっている。(※)        
       

  Ⅰ. 基礎
   1.日常生活・習慣
   2.自ホテルの基礎知識
   3.資質・適性
  Ⅱ. 技能
   1.対応力
  Ⅲ. 地域情報とネットワーク
   1.長崎県についての知識
   2.ネットワーク








※クリック ↓
コンシェルジュブック1
コンシェルジュブック2
(容量が大きいため分割しています。)

(4)「長崎コンシェルジュ」認定委員会
 「長崎コンシェルジュ」認定試験の立案、実施方法につき県に専門的助言を行うとともに、認定試験の評価者としても参画する。令和4年度の認定委員会メンバーは7名で、うち3名は「長崎コンシェルジュ」ゴールド認定者である。

(5)「長崎コンシェルジュ」認定試験制度
<応募条件>
①長崎県内の宿泊施設に勤務していること
②勤務先企業からの応募同意書を提出すること

<認定試験>
①毎年1回、「長崎コンシェルジュ」認定試験(受験料 無料)を実施する。
②認定試験申し込み者は、年6回程度開催される勉強会(最終回は模擬試験)への積極的な参加が求められる。

 (例)2021年度実施された勉強会

③認定試験は、お客様役とのロールプレイ(日本語と英語)及び認定委員による面接をもとに実施される。2022年7月時点での評価項目および配点は以下の通りである。

*実用英語技能検定、TOEIC、TOEFLなどの語学系資格、サービス接遇実務検定、ホテルビジネス実務検定などのホテル実務系資格、旅行業務取扱管理者、世界遺産検定などの観光関連資格など計22の資格が評価対象となっている。

④認定試験合格者は、評価点によりゴールド、シルバー、ブロンズのいずれかの等級が認定され、長崎県知事名により本人名義で「長崎コンシェルジュ」認定証とバッジが授与される。

 <これまでの認定実績>

 第5回認定試験が終了している2022年7月現在、累計受験者数は89名、認定者総数は59名(うちゴールド認定者6名、シルバー認定者14名、ブロンズ認定者39名)である。認定者が配置されている県内宿泊施設は右の通り。

 <その他>
 「長崎コンシェルジュ」認定の有効期間は取得後3年間。ただし、更新希望者は「認定更新申立書」を長崎県に提出し、一定の条件を満たすことでさらに3年間の更新が可能である。ただし、定年等で仕事を辞めた場合、および宿泊業以外の職種に転職した場合には失効する。

⑤今後の課題
*スマートフォンの普及にともない、宿泊客のゲストサービスに対するニーズやウオンツが変化していくことが予想される。今後この潮流を踏まえながら、きめ細かな研修などを通じて長崎コンシェルジュ認定者の接遇レベルを高めていく。また認定試験の内容も、適時見直していく必要がある。

*長崎コンシェルジュ認定者の活躍の場を広げることにより、施設管理者に「長崎コンシェルジュ」制度への理解を深めてもらい、より多くの長崎コンシェルジュ認定者の輩出に繋げる。

*今後長崎県内で開催されるコンベンションや国際会議などで長崎コンシェルジュ認定者の活躍の場を広げる。

*「長崎コンシェルジュ」制度発足以来5年を経過したが、更なる認定者の活躍のためには、長崎県内外における認知度向上が重要である。ウイズコロナ時代を迎えて観光客が再び増加に転じることが期待されている現在、「長崎コンシェルジュ」制度の周知にエネルギーを注ぐことが必要不可欠である。

*「コンシェルジュブック」も完成後5年目を迎える。今後はデジタルブック化やチェックリストを加えてのワーキングマニュアル化など、更なる改良を検討する。

Ⅱ ホテルコンシェルジュ ネットワークの現状

(1)ホテルコンシェルジュの起源

 中世の時代、教会には巡礼者だけでなく旅人もしばしば一夜の宿を求めて来訪していた。新約聖書の牧会書簡「テモテへの旅」3章2節には、教会の監督に求められる資質として「礼儀正しく、旅人を親切にもてなし、よく教えることができなければなりません」と述べられている。まさに現代のホテルコンシェルジュの業務分掌そのものではないだろうか。
 その後、近世に入り都市の人口集中に伴い集合住宅が発達し、玄関の警備と建物の保守管理を主業務とする専従者のタイトルとして「仏語 コンシェルジュ concierge」が使われるようになった。なおコンシェルジュの語源は奴隷や召使いを意味するラテン語conservusであるが、英語もフランス語の綴りをそのまま使っている。
 ここで長年パリの「アパルトマン(集合住宅)」で暮らした画家藤田嗣治がコンシェルジュについて書き遺した文章を紹介する。

「半年でも一年でも、フランス人の家庭にはいり、若しくはアパルトマンの一室を借りて暮らすならば、必ずおめにかかるのは、このコンシェルジュである。門番と云ってもよろしかろう。廊下の掃除もしてくれるし、便所の掃除もしてくれるし手紙がくれば、四階でも五階でも、コツコツと持ってきてくれるのだから、どうしても交渉なしに過してしまふわけには行かない。(中略)コンシェルジュといふ人種は、これこそ、フランス独特のもので、独逸にも英国にもない」
                              『腕一本・巴里の横顔』1929年

 その後、「コンシェルジュ」という職名はホテルでも使われるようになっていった。ホテルにおけるコンシェルジュの業務は、施設内の案内だけにとどまらず、観光のアレンジ(ツアーの手配、旅程の企画・変更など)/レンタカーやハイヤー・リムジンの手配/買い物のアドバイス・お手伝い/人・物・企業探し/ 翻訳・通訳を含むビジネスのお手伝いなど多岐にわたっている。そのためにはベルマン・ドアマン・インフォメーションスタッフなどとチーム力をもってお客様のあらゆるリクエストに応えることが求められている。
 なお近代のアパルトマンでは「コンシェルジュ」に代わって「ギャルディアン gardien」という名称が使われているようである。

(2)レ・クレドール インターナショナル
 1929年、フランス・パリ市内アンバサダーホテルのコンシェルジュ ピエール・クエンティンの呼びかけで11ホテルのコンシェルジュが集まり、より良いゲストサービスと相互研鑽を目指してコンシェルジュ同士のネットワークが設立された。その後、この会員組織 レ・クレドール インターナショナル は1950年代初頭からフランス以外にも広がり、70年あまり経過した現在、会員数は約3,040名(約80の国と地域)である。 
 レ・クレドール “Les Clefs d’Or” の意味は「黄金の鍵」で、会員は二本の金色の鍵が交差した襟章をユニフォームにつけている。会員共通のモットーは “Service through Friendship” 「友情を通じたサービス」である。会員たちは年一度の国際会議のほか、さまざまな会合を世界各地で開催しているが、新型コロナ禍発生以降はインターナショナル本部のEducation Teamが主導して、オンラインによる教育プログラムが何度も開催され、ネットワークの継続と各地の情報共有が行われている。また歴史的にヨーロッパでは男性コンシェルジュが多かったが、最近ではアジアや中東の高級ホテル、さらにはフランスでも女性のコンシェルジュが増えてきている。ちなみに2020年最優秀コンシェルジュの候補者数は男女ともに7名であった。

(3)レ・クレドール ジャパン
 日本でも1997年にレ・クレドール ジャパンが組織され、現在、会員数は25名(女性20名 男性5名)である。レ・クレドール ジャパンは、レ・クレドール インターナショナルの定款を基本として独自のメンバー規定を定めている。以下は筆者の判断で主なものを列挙している。

〇コンシェルジュとして、ホテルに所属し、フルタイムで勤務していること
〇27歳以上で、6年以上のホテル業務経験、3年以上のコンシェルジュの業務経験があること
〇メインロビーにコンシェルジュのサインがある専用デスクを持ち、ホテルゲストすべてに対するサービスを提供していること
〇日本コンシェルジュ協会(下記参照)会員として2年以上活発な活動を行っていること
〇総支配人及び所属長の承認が得られていること
〇レ・クレドール会員として十分なパーソナリティを持ち合わせていること (笑顔/身だしなみ/言葉遣い/雰囲気/マナー/意欲/想像力・創造力など)
〇ゲストとのコミュニケーションに不自由のない日本語力・英語力があること

 レ・クレドール ジャパンでは、メンバーになりたいと申し出があると、先ず既存のメンバーが基本2名ついてメンター活動を行い、その過程でお互いにより理解を深め、他のメンバーと同じスタンスでお客様、仲間への対応が出来るように話し合いを重ねていくとのこと。
 なお会員資格は、人事異動、離職、退職などで当人がコンシェルジュの仕事から6ヶ月間以上離れた場合、失効する。

(4)日本コンシェルジュ協会
 2005年、レ・クレドール ジャパンの下部組織として、日本国内におけるホテルコンシェルジュの活動をさらに促進させることを目的に日本コンシェルジュ協会が設立された。モットーは「友情の心を集めた“おもてなし”」である。年次総会、月例会のほかに、さまざまな研修会や情報交換会などが開催されている。
 入会希望者は、二人以上の日本コンシェルジュ協会会員の推薦を得て、先ずオブザーバー(6か月間)として参加し、申請する際には会員2名の推薦状、小論文とともに申請書を提出。審査委員会の審査を経てメンバーと認められる。なお会員資格は、レ・クレドール ジャパン同様、当人がコンシェルジュの仕事から6ヶ月間以上離れた場合には失効する。現在、コンシェルジュ会員数は約100名(九州・沖縄地区は5名)で、会員は日本地図に一本の鍵があしらわれた丸いバッジをユニフォームにつけている。

むすび

「長崎コンシェルジュ」制度はまだまだ発展途上であるが、認定者のなかには日本ホテルコンシェルジュ協会メンバーにふさわしい実務経験・資質を有していると思われる人材も少なくない。「長崎コンシェルジュ」の人的交流・情報交流の輪を一層広げるために、日本ホテルコンシェルジュ協会メンバー、さらにはクレドール・ジャパンへの挑戦を期待したい。
 また将来的には本県の観光振興に強い関心を持つタクシー運転手やキャビンアテンダント、観光ガイドなどにも幅広く「長崎コンシェルジュ」制度への門戸を開いていただきたいと考えている。

 なお本稿執筆にあたり、レ・クレドールジャパン プレジデント 住吉真知子さま、 日本コンシェルジュ協会 入会担当 松本真由美さま、長崎県観光振興課より終始適切なご助言を頂きました。ここに深謝の意を表します。

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