佐世保市黒島・高島地域おこし協力隊
宇戸 莉央
※掲載写真はクリックすると拡大
はじめに
はじめまして、佐世保市黒島・高島地域おこし協力隊の宇戸莉央と申します。右も左も分からないまま小さな離島に移住し、気がつけば3年目の任期満了目前となりました。今や、“地域おこし協力隊”も「10,000人時代」なんて言われるようになっていますが、それは新しく採用を始めた自治体や、募集人数を増やしたエリア等が増えたから?だと思われます。
そのなかには、私のように大学・専門学校卒業後の進路として“地域おこし協力隊”を候補にする方も多いと思います。今回は、そのような方に私が3年間で感じた事や、経験をお伝えしたいと思います。
黒島移住の経緯
まず、私は大学で地理学という大好きな学問を学んでいました。そして3年生への進級が目前となり、ゼミ選びや卒業論文の展望を考えた時に、父の故郷だった上五島の「複雑かつ奥行きのある宗教関係」にとても興味があることに気が付きました。それは、私自身が宮崎県のミッションスクールに6年間通っていたことも、興味を持つきっかけになったのかもしれません。そこで3年生になると、コロナ禍の真っ只中ではありましたが、世間の状況を見ながら上五島へ現地調査に赴きました。難しい選択をしたかもしれないと思いましたが、今思い返すと調査対象地域を上五島にして本当に良かったと思います。
そして、就職活動では観光業界を目指していましたが、コロナ禍と重なってしまい路頭に迷っておりました。
そんな折、たまたま「世界遺産の構成資産」で、なおかつ「観光系」で何か募集が無いかなと色々調べていたところ、NPO法人黒島観光協会への勤務を募集していた佐世保市地域おこし協力隊が目に留まり、ここしか無い!と半ば勢いで応募しました。そして、あれよあれよという間に採用して頂き、現在に至ります。
取り組んだこと
地域おこし協力隊になった私がまず悩んだ事は、「キャリアが無い事」です。世間一般的な地域おこし協力隊の認識と言えば、前職のスキルを活かした活動だと思います。大学卒業後すぐ地域おこし協力隊となった私は、何をすれば協力隊の活動として認めてもらえるだろう…と不安になっていました。
ただ、幸いにも私が担当になった業務は「ミッション型」で、ある程度は業務内容が決まっておりました。そのため、何もできない…と落ち込む事はありませんでした。そして、少しずつ黒島観光協会の業務に慣れてきた頃、だんだんと観光協会に足りないものが見えてくるようになりました。その中から自分でも出来そうなものとして、お土産の開発・制作に力を入れました。
私が赴任した当時は、観光協会の案内所兼お土産売り場も、開所してから6年が経過しており、お土産類のマンネリ化、出品者の事情による販売終了商品などがちらほらと出てきていたタイミングでした。そのなかで、黒島に来る方がどんなお土産が欲しいのか?既に出して下さっている出品者の競合にならないお土産とは何か?を考え、教会をモチーフにしたハンドメイド作品や、誰も取り扱っていなかった黒島のシーグラスを使った商品を作りました。
転機
地域おこし協力隊2年目の夏、黒島の男性と結婚しました。何となくこの人と一緒にいるんだろうなぁと漠然と思っていたため、そのまま一緒にいるなら早めに身を固めようと、任期中でしたが結婚に踏み込みました。
そして、幸運なことに私の嫁ぎ先となった家は、以前から観光客向けの豆腐体験やまんじゅう体験、農業体験などを精力的に行ってきた家庭で、今でも使っている大きな窯や広大な畑が綺麗に手入れされた状態で残っていました。元々観光業界に興味のあった私としては本当にラッキーな事でした。
この一連の出会いが無かったら、もしかしたら私は3年の任期満了後に黒島を離れていたかもしれません。私は本当に運が良かったとつくづく思います。
黒島での結婚式
そして協力隊3年目となった昨年(2024年)、黒島天主堂にて結婚式を挙げました。
結婚式当日は島の方にヘアセット、メイク、着付けをしてもらい(奇跡的に過去に美容関係やブライダル業界に勤めていた方がいらっしゃいました)、また、ふくれまんじゅうや島豆腐をはじめとする名物料理等の炊き出しを朝早くから用意してもらうなど、沢山の方のお力添えをいただきました。
私の活動が認められたとは決して思いませんが、沢山の方に祝福していただいた事は自信にもなりました。
これからのこと
地域おこし協力隊としての任期は今年、2025年3月で終わります。ですが、これからは何もしない!という事はありません。黒島天主堂や新しく出来る総合庁舎を活用したイベント、食べ物の新商品開発など、取り組みたいことはたくさんあります。
また、私には百年以上に渡って受け継がれてきた窯と畑があります。大事に黒島の伝統を継承し、いずれは豆腐体験やまんじゅう体験も行いたいと考えています。
昔から黒島では「半農半漁」の働き方が一般的でした。今の時代一つの仕事だけというのもリスクがあるので、私も黒島の働き方に習い、様々な事にチャレンジしていきたいと思います。
おわりに
私は特別何か大きなことを成し遂げた訳ではありません。前任の隊員たちが残してくれたものを基盤に、自分のできる範囲で活動を続ける事が出来ました。そして、ラッキーなご縁もあり、退任後も黒島に残れそうです。
ですが、辺りを見回すと任期を待たずに地域を離れる協力隊もちらほらいます。私自身も、やっぱり一般企業に就職して社会人としてのノウハウを学ぶべきだったかな?と思う瞬間ももちろんあります。ないものねだりですね。
大事なことは、地域に寄り添う事だと思います。今、地域おこし協力隊・移住に少しでも興味関心のある方には、是非一度その地へ赴いて頂きたいです。私自身も、耳で聞く事と目で見る事は全く違いました!
生き方は一つでは無いので、自分を信じて歩んでいってもらいたいです。